「こりゃ残さんといかんぜよ」土佐塩の道、ウォーキングコースとして開通
土佐塩の道、ウォーキングコースとして開通 高知

約400年前、高知県香南市赤岡町で作られた塩や生活物資を、約30キロ離れた山間部の香美市物部町などに運んだ「土佐塩の道」。輸送手段の発達とともに使われなくなり、地元住民からもほとんど忘れ去られていたが、香美市物部町の土佐塩の道保存会顧問の公文寛伸さん(89)らがウォーキングコースとして整備。関係者は後世につないでいこうと、草刈りなど地道な保全活動に取り組んでいる。

整備のきっかけは「丁石」の発見

整備のきっかけは2002年、公文さんらが香美市の山中で、目的地までの距離を知らせる道しるべの役割を担っていた「丁石」を発見したことだ。丁石は1946年の昭和南海地震で崩落したまま放置されていた。周辺は普段人通りもない、けもの道だったが、祖母から聞かされてきた昔の交易道の痕跡ではないかとピンと来た。「こりゃ残さんといかんぜよ」。賛同するメンバーらと整備に取りかかった。

土佐塩の道が実際に使われていたのは昭和初期までだという。当時のルートを調べながら、生い茂る草を刈り、丁石を元の位置に戻すなど、復旧を目指して取り組み始めた。ボランティアを募り、道をふさいでいた倒木の撤去を手伝ってもらったりするなど、活動の輪が広がっていった。香南市側の住民も整備に乗り出し、約5年かけて約30キロは「開通」した。

当時の姿残る山道とイベント

当時のままの姿が残る山道もある。道沿いには物資を運ぶのに欠かせなかった馬を弔い、行商人らの道中の無事を祈るために建立された馬頭観音堂も複数あり、公文さんは「当時の生活や自然に思いをはせて歩くことができる」と話す。日本ウォーキング協会が選定する「美しい日本の歩きたくなるみち500選」や、文化庁の「歴史の道百選」にも選ばれた。

同保存会が企画するウォーキングイベントでは、メンバーがガイドを行い、竹で作られた器に地元産のイタドリの煮物やサツマイモの揚げ物などを詰めた「竹弁当」でもてなす。参加者は当初、高齢者が中心だったが、最近は若者や外国人も増え、昨年度末時点で計約8700人に上るという。

延伸計画と今後の課題

来年からは新たに、塩の道の延伸も計画している。矢筈峠を越え、徳島県三好市にも塩を運んでいたという話に基づき、高知県内のツアー会社から「四国を縦断するトレッキングコースを整備したい」と持ちかけられたといい、ルート選定に向け、メンバーで下見を行うなど準備に取り組んでいる。

ただ、道の保全活動は簡単ではない。風雨による倒木で道が塞がれることも頻繁にあるなど、整備の負担は小さくない。公文さんは「また、歴史に埋もれてしまわないためにも整備し続けたい。若者が活動に関わり、後世に引き継いでいってもらえるよう、歴史や文化を発信し続けたい」と力を込めた。