「神童」と呼ばれた少年が20歳で向き合う日本の課題:地域活性化への決意
「神童」20歳が向き合う日本の課題:地域活性化

幼少期に「神童」と呼ばれた下村さん(20歳)は、現在、地域活性化に情熱を注いでいる。彼は自身の住む町を旅行者の視点で歩き、地元の商店や高齢者との交流を通じて、日本の文化を守る重要性を痛感した。周囲から東京大学進学を強く勧められたが、あえて京都大学を志望。東京一極集中に加担しないという信念からだ。

神童の原点:地域への好奇心

下村さんはもともと旅行が好きで、高校生になると行動範囲が広がった。しかし、外に出れば出るほど「いちばん近いところに行ってない」と気づき、自分の町を旅行することを思い立った。彼はごく普通の住宅街を、旅行者の目で歩き始めた。

木曜日だけ油のにおいが漂うホルモンの卸売り店、50年地元で饅頭を作り続ける寡黙な店主の店、築年数を重ねた寿司屋。小中学生の頃は近づけなかった場所に、高校生になった彼は度胸を持って入っていった。

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地域の高齢者との交流が生んだ変化

高校生の来店は珍しく、店主たちは彼をかわいがった。いつもは黙り込む饅頭屋の店主も「また来たんか」と明るく出迎えるようになった。そこで地域の昔話を聞き、学校生活を尋ねられた。ニュースを見ていた小学生は、自分の街の一次情報を仕入れる高校生へと成長した。

地域の高齢者との関わりを通じ、日本の文化を守りたいという思いが明確になった。彼は「日本の文化の深みは東京だけでなく、地方にこそある」と確信。人口流出という問題を、教科書ではなく和菓子屋の店主の顔のしわとともに理解するようになった。

東大進学の圧力と逆張りの選択

進路を考える時期、西大和学園は「東大に行こう」という雰囲気が強い学校だった。しかし下村さんは京都大学を志望。京大の校風が合うと感じたことに加え、周囲があまりに「東大、東大」と言うので逆張りの気持ちもあった。さらに、地域活性化を志す自分が東京に行くことは東京一極集中に加担すると考えた。高校生ながら、自分の進学を日本の人口地図の中で位置づけていたのだ。

模試の後、担任に呼ばれた彼は、出来が悪いのかと身構えたが、逆に「京大はA判定」と告げられた。その後の進路選択は、彼の地域への思いをさらに強くすることになる。

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