NHKの連続テレビ小説『風、薫る』(2026年度前期)は、明治時代中期を舞台に、制度が整い始める頃の社会の空気を色濃く描いている。第14週「ウソと誠」第66回(2026年6月29日放送)では、患者たちが憲法発布から2カ月が経過したことを話題にし、「あれだけの大騒ぎだったが、よくわからん」と語り合うシーンが登場した。この描写は、当時の民衆が憲法の内容を十分に理解しないまま、政府主導の盛り上がりに乗せられていた実態を反映している。
政府が仕掛けた憲法制定の話題作り
伝記作家で偉人研究家の真山知幸氏によると、政府は憲法制定にあたり、積極的に話題作りを行っていたという。明治政府は、近代国家としての体裁を整えるため、早期の憲法制定を目指していたが、国民の関心が低いことを懸念。そこで、新聞や官報を通じて憲法の重要性を喧伝し、祝祭的な雰囲気を醸成した。しかし、実際には憲法の条文やその意義を正確に理解している者は少なく、表面的な盛り上がりに終始していた。
民衆の「よくわからん」という本音
ドラマ内のセリフ「俺らにはよくわからんが」は、当時の一般市民の率直な感想を代弁している。憲法発布から2カ月が経過しても、新聞は連日のように憲法関連の記事を掲載し、議論を喚起していたが、多くの人々は「何やら大変なことが起きている」と感じつつも、具体的な内容には疎かった。このギャップは、政府の情報発信が一方的で、教育や解説が不足していたことを示唆している。
『風、薫る』が描く明治中期の空気
前作『ばけばけ』が明治維新直後の武士の残り香が強い時代を描いたのに対し、『風、薫る』は明治10年代後半から20年代、すなわち制度が整い始める時期に焦点を当てている。この時代、大日本帝国憲法(1889年発布)や帝国議会の開設(1890年)など、国家の枠組みが次々と整備された。しかし、その過程で生じた国民の戸惑いや無関心もまた、歴史の一面として重要である。
憲法制定の裏側:政府の腰が重かった理由
憲法制定の背景には、政府内での激しい議論があった。伊藤博文を中心とする明治政府は、ドイツ帝国憲法を参考にしながらも、天皇の大権を強く残す方向で草案を練った。一方で、自由民権運動の高まりを受け、国民の権利をある程度認める必要もあった。このバランスを取るため、政府は憲法の内容を国民に詳細に説明することを避け、代わりに「憲法発布」そのものを祝うイベントとして演出した。その結果、民衆は「憲法ができた」という事実だけを知り、その本質を理解しないまま騒ぐことになった。
当時の新聞の役割と限界
新聞は憲法発布を大きく報じたが、その内容は賛否両論で、政府寄りの記事もあれば、批判的な論調もあった。しかし、識字率が完全ではなく、新聞を購読できる層も限られていたため、情報は一部の知識人や都市部の住民に偏っていた。地方の農民や労働者にとって、憲法は遠い存在であり、ドラマの患者たちのように「よくわからん」というのが正直なところだった。
朝ドラを通じて見える歴史のリアル
NHK朝ドラは、実在の人物をモチーフにすることで、視聴者に歴史への興味を喚起する。『風、薫る』もまた、主人公・りん(見上愛)の成長物語を通じて、明治という変革期の空気を伝えている。憲法制定のエピソードは、単なる時代背景ではなく、人々の生活や意識にどう影響したかを考えるきっかけとなる。ドラマをより深く楽しむためには、こうした歴史的事実を踏まえておくことが有効だ。
憲法発布から130年以上が経った現在、私たちはその内容をどれだけ理解しているだろうか。ドラマが描く「よくわからん」という感覚は、現代にも通じるものがあるのかもしれない。



