激動の時代こそ「日本人の原点」に学べ 石田禮助の苦闘
激動の時代こそ「日本人の原点」に学べ 石田禮助の苦闘

激動の時代だからこそ、日本人の原点に学ぶべきだと説く記事が注目を集めている。寺島実郎・日本総合研究所理事長は、先の戦争の開戦を巡る物語の中で、石田禮助という人物に強く心を惹かれると語る。

石田は戦前最後の三井物産の常務の一人であり、後に民間人として初めて国鉄総裁を務めた。山本五十六とは別の意味で、日米開戦の日を迎えたという。

開戦1週間前の決断

開戦1週間前の最後の常務会(現在の三井物産の経営会議)では、大きな決断が迫られていた。ニューヨーク支店から本社の決断を仰ぐ電信が届いたためだ。すでにニューヨークでは邦人の引き揚げが始まっていたが、三井も支店を閉鎖して引き揚げるべきかどうか、決断しなければならないギリギリのタイミングだった。

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当時、石田はサンフランシスコ支店長、ニューヨーク支店長を歴任した後、本社で常務を務めていた。アメリカに精通していた石田は、十中八九負ける日米戦争は避けるべきだという立場で、近衛文麿らとともに動いていた。

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