高市首相「繰り返させない」式辞、1字の違いが示す戦争観の転換
高市首相「繰り返させない」式辞、1字の違いが示す戦争観の転換

今年も8月が過ぎようとしている。毎年、8月前後になると、負けるに決まっている戦争を始めた日本は愚かだったという類いの論評がマスコミに氾濫する。その8月15日に政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で行われ、高市早苗首相が就任後初めて参列した。

1字の違いが示す意味の隔たり

高市首相は式辞の中で「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と述べた。この言葉と、昨年の石破茂首相(当時)の式辞における「戦争の惨禍を決して繰り返さない」という言葉を比べると、たった一文字「せ」があるかないかしか違わないが、その意味するところは大きく異なる。戦後を画すると言ってもいいかもしれない。

石破式辞は、要するに、日本が先の大戦、ことに日米戦の原因を作ったと言いたいのだろう。戦後続いてきた日本悪玉論だ。

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ルーズベルト大統領の開戦責任

しかし、本当に、日本は日米戦を望み、アメリカは日米戦を望んでいなかったのだろうか。現実はその逆だ。実際は、日本は、総合的国力ではアメリカに大きく後れを取っていることは十分に認識していて、何としてもアメリカとの戦争を避けようと懸命の努力をしていた。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領(当時)こそが日米戦を欲していたのだ。

これについては、いくらでも根拠がある。やや長くなるが、そのいくつかを指摘しておきたい。

戦争観を裏付ける歴史的根拠

まず、1952(昭和27)年には、アメリカの歴史学者でジョージタウン大学教授であったチャールズ・カラン・タンシル氏の「Back Door to War」=邦題『裏口からの参戦』(平成30年・草思社・渡辺惣樹訳)=が刊行されているが、その中で、彼は、ルーズベルト大統領は本当はヒトラーにアメリカを攻撃させたかったが、ヒトラーがそれに乗ってこなかったために、日本にアメリカを攻撃させ、それをきっかけに欧州の戦争に参戦したとし、ルーズベルト大統領の開戦責任を追及している。

1976(昭和51)年には、真珠湾攻撃直後に、アメリカ下院の共和党重鎮議員としてルーズベルト大統領の宣戦布告演説に対し賛成演説をしたハミルトン・フィッシュ氏の「FDR:THE OTHER SIDE OF THE COIN」(HOW We Were Tricked into World War Ⅱ)=邦題『ルーズベルトの開戦責任』(平成29年・草思社・渡辺惣樹訳)=が刊行されている。

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