改正皇室典範が24日、施行された。国の始まりから今まで、国民が守ってきた皇統を支える内容だ。改正典範を確実に実現していかなければならない。先の特別国会で、典範改正案には衆院の97%の議員が、参院では76%の議員が、それぞれ賛成した。国会議員全体ではおよそ9割という圧倒的多数による成立だった。その重みを改めて受け止めるべきだ。
改正の眼目を忘れまい
施行に当たり、今回の改正典範の眼目は、将来即位される悠仁親王殿下を支える皇室の態勢整備だった点を強調したい。これは、国会の全体会議がまとめた「立法府の総意」も、政府報告書も、「今上陛下から秋篠宮皇嗣殿下、次世代の悠仁親王殿下という皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」という点を確認していることからも明らかである。
青年皇族の悠仁親王殿下は、少なくとも今世紀の末頃まで在位されることが期待される。天皇陛下のご長女の愛子内親王殿下の即位を唱える向きが一部にあるが、皇室に迷惑をかけ、日本を分断する謬論だろう。秋篠宮皇嗣殿下と悠仁親王殿下から将来の皇位を奪うような極度の無礼を働いてよいはずがない。
皇室の歴史と伝統を踏まえ
皇室典範第1条は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めている。天皇陛下と秋篠宮皇嗣殿下の次の世代で皇位継承資格をお持ちなのは悠仁親王殿下お一人だ。これから結婚されて皇子がお生まれになり、皇統が永く続くことが期待される。ただし安定的な皇位継承を考えれば、継承資格を有する複数の男性皇族が支えることが欠かせない。
悠仁親王殿下が即位される頃には、天皇をお支えし、公務に携わる女性皇族がほとんどおられなくなる恐れもあった。そこで、9年前の平成29年の上皇陛下の譲位を実現する特例法制定時の国会の付帯決議を受けて検討が始まった。令和3年12月に有識者会議の報告書がまとまり、翌年1月に岸田文雄内閣(当時)がこれを政府報告書と位置づけて国会へ提出した。
国会では衆参正副議長の下、全会派からなる全体会議で議論が進んだ。立憲民主党や中道改革連合の党見解の提示が遅れたこともあったが、総じて丁寧に検討が進められた。議論が不十分だったとの批判があるとすれば、それは不当な見方である。
首相は実現に取り組め
改正典範によって、旧宮家の満15歳以上の男系男子を皇族との養子縁組で皇族に列することで男性皇族を、女性皇族(内親王、女王)が婚姻後も皇族身分を保持し続けることで女性皇族を、それぞれ確保していく。養子の男性皇族は改正典範の規定により皇位継承資格を持たないが、その子息の代からは典範第1条の規定で継承資格を有する。生まれながらの皇族であるからだ。
一方、改正典範施行時点の女性皇族は、婚姻後に皇室から離れることを前提にお育ちになった。この点に配慮し、ご結婚時に皇室に残るかどうかをお決めいただく。これらの実現で皇室の危機は乗り切れる。政府報告書と「立法府の総意」が「女性宮家」や「女系天皇」「女性天皇」を求めなかったことが分かる。
古代から3つの幕府の時代、その間の戦乱の時代、明治維新以来の近代国家の時代のいずれでも天皇は日本の首座におられた。だからこそ今も、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であるという、日本で最も重い立場でいらっしゃる。天皇を継ぐのは権利というよりもむしろ極めて重い責務といえる。
一般出身の女性が結婚で皇后や妃になるのを除き、全ての天皇と皇族は男系(父系)継承で続いてきた。天皇と皇族の正統性を守る最重要の原則だ。旧宮家は、第102代の後花園天皇から第124代の昭和天皇まで500年以上にわたり、歴代天皇が万一の際に皇位を継ぐよう守ってきた伏見宮家の流れをくむ。皇室の歴史に含まれる皇統の伴走者で、旧宮家の男系男子は皇族にもどるようお願いするのにふさわしい。
改正典範の施行で政府の務めが終わるわけではない。これからが日本にとって正念場だ。高市早苗首相をはじめ政府は、日本を守り抜く決意で、静謐な環境を整えつつ養子縁組を実現する責任がある。