日ソ共同宣言の署名から70年を迎え、北方四島の返還に向けた決意を新たにすべきだ。共同宣言は、シベリアに不当に抑留されていた日本人を「人質」にとられた状況で、旧ソ連に領土交渉の継続を約束させたものだ。
共同宣言の歴史と意義
1956年に署名された共同宣言は、日ソ間の戦争状態を終結させ、外交関係を開くと定めた。ソ連が日本の国連加盟を支持することや抑留者を送還することも約した。平和条約締結交渉を継続するとし、ソ連が色丹島と歯舞群島を条約締結後に引き渡すとした。
交渉当時、ソ連はなお多くの日本人を長期抑留し、日本としては国連加盟や漁業問題の解決も急がれた。
「法と正義」の原則と東京宣言
共同宣言の署名後も領土交渉が続き、いくつかの重要な合意が結ばれた。日露首脳は93年、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の「四島の帰属」を「法と正義」の原則で解決するとの東京宣言に署名した。プーチン露大統領が署名した2001年のイルクーツク声明も、日ソ共同宣言を「基本的文書」としつつ、東京宣言に基づいて四島の帰属問題を解決すると明記した。
ソ連は先の大戦末期、日ソ中立条約を破って対日参戦し、北方四島を不法占拠した。四島は一度も外国に帰属したことがない日本固有の領土である。日本は全てを返還させる原則を曲げてはならない。
ウクライナ侵略後の状況と今後の課題
第2次安倍晋三政権は対露経済協力を掲げ、日ソ共同宣言に基づく「2島返還」を重視したが、足元を見られただけで成果はなかった。ロシアが22年にウクライナに全面侵攻し、状況は一変した。
ウクライナ侵略は北方領土占拠と同様の主権侵害であり、プーチン氏が交渉の相手たりえないことは自明である。今、日本がなすべきはウクライナと連携して国際社会に北方領土問題を訴え、日本への支持を固めておくことだ。
将来のプーチン氏退場に備え、ロシアの非主流派勢力や世論にも理解を広げておく必要がある。ウクライナ侵略が4年半を超え、プーチン政権への不満は露国内で高まっている。日本は焦ることなく、北方四島を返還させる好機に備えるべきだ。