南原繁の思想を後世に 東かがわ出身の元東大総長、母校で研究会発足へ
南原繁の思想を後世に 母校・三本松高で研究会発足

東かがわ市出身で、戦後最初の東京大学総長を務め、憲法草案の審議や教育改革を担った南原繁(1889~1974年)の功績を顕彰する「かがわ南原繁研究会」が6日、母校の県立三本松高校(旧制大川中)で発足する。設立記念の講演会も開かれ、故郷から南原の思想を後世に残していく活動が始まる。

読書会や発表会員募る 6日記念講演

没後、半世紀余りがたち、地元でもその功績が忘れられがちになってきたことを憂えた有志が、研究会の設立を計画。三本松高の元校長で、同校の同窓会組織「大中三高会」会長を務める原彪さん(69)が発起人となり、8人の理事が運営して会員募集も行う。

会の目的は、南原の偉業を再確認し、その思想を後世に伝え、地域の子どもたちの教育に生かす▽思想と哲学を学んで現代の政治や教育を考える▽地元に残る関連史料の調査発掘――などを掲げている。3か月に1回程度、会員が集まって読書会や研究発表を行い、オンライン参加もできるようにするという。

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記念講演会の詳細

記念講演会は6日午後1時半から、東かがわ市の三本松高内にある百周年記念館で開催。成蹊大講師で、「南原繁研究会」(千葉市)の幹事を務める川口雄一さんが「南原繁の思想・哲学の現代的意義を考える」をテーマに講演する。入場無料。

原さんは「偉人の功績は地域の財産でもある。放っておいたら風化しかねないので、地元だけでなく、関心のある多くの人に講演会や研究会に参加してもらいたい」と話している。

南原繁の経歴と功績

南原は同市引田町(旧相生村)に生まれ、旧制大川中を卒業後、旧制第一高をへて1914年に東京帝大法科大学政治学科を卒業。内務省に入った後、東京帝大教授などを務め、終戦直前には法学部長となった。45年12月には戦後初の総長に選ばれた。

憲法の草案審議に加わり、戦後の教育改革を担って、現在の教育制度の礎を築いた。サンフランシスコ講和条約を巡っては、全面講和を主張して、吉田茂首相と論争した。

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