米国は10月9日、国際刑事裁判所(ICC)本体に対する制裁を180日間の猶予を経て発動すると発表した。制裁撤回をテコにICCに何らかの譲歩を迫る思惑とみられる。制裁発表後、赤根智子所長は「国際秩序への攻撃だ」として加盟国の支持を訴えたが、ICCに対する「攻撃」はICCの短い歴史の中で何度も見られた。
発足当初から続く批判の歴史
ICCは2002年、ジェノサイド(集団殺害)や「人道に対する罪」を裁く初めての常設裁判所として発足した。スタートからして他の国際機関とは趣を異にしていたのが加盟国の構成だ。総数は125で200以上の国・地域が参加する国連に遠く及ばない。国連安全保障理事会の常任理事国である米中露、世界最大の人口を誇るインドの姿もない。加盟国は欧州とアフリカに偏る。
初期の案件がアフリカに集中したのも特徴的だ。ICCが手掛けた最初の9件はすべてアフリカでの事件。アフリカ諸国から「捜査がアフリカに偏る新植民地主義だ」という批判を呼び、16年には南アフリカなどの複数のアフリカ諸国が脱退を表明する騒動も起きた。
捜査対象拡大と権限への懸念
捜査対象がアフリカ以外に広がると、批判の矛先はICCの権限の強大さに向けられた。積み上げた実績をベースにICCが捜査を米国などの非加盟国に広げるにつれ、軋轢は激しさを増していった。
米国とICCの対立は今に始まったことではない。四半世紀近く前の発足当初から、捜査対象の偏りや権限の拡大をめぐって緊張関係が続いてきた。今回の制裁発動は、そうした長年の対立の一つの帰結ともいえる。