万博の縁でヨルダンのインディゴ復活へ…失われた伝統技法、徳島・上板町の藍染めに見いだす
万博の縁でヨルダンのインディゴ復活へ…徳島の藍染めに可能性

大阪・関西万博のヨルダン館で政府代表代行を務めたシファ・ズグールさん(56)は、徳島県上板町に伝わる藍染めとの出会いをきっかけに、ヨルダンで途絶えたインディゴの伝統技法復活を目指している。首都アンマン出身のズグールさんは「シンプルな青色の中に、伝統に裏打ちされた奥深さや歴史を感じるんです」と話す。

幼少期に芽生えた日本文化への憧れ

ズグールさんが日本に関心を持った原点は幼少期。生け花をたしなんでいた母親に「なぜ3種類のお花しか使わないの? たくさんのお花で飾ればいいのに」と質問したところ、「一本一本の花に意味がある。これが日本の文化よ」と教えられた。シンプルながらも奥深い日本文化への憧れが芽生えた瞬間だった。

建築を学ぶため、1996年に来日。千葉大や東京工業大(現・東京科学大)で自然と調和した建築のあり方を学び、その後は外交官の夫とともに東京で暮らしながら、ヨルダンと行き来する生活を続けた。

愛知万博の経験から大阪で藍染めに着目

2005年の愛知万博ではヨルダン館のデザイン担当に抜擢され、「死海」をあしらった青いデザインや泥パック体験が注目を集めた。しかし、来場者の関心はその場限りで「日本とヨルダンのつながりを作りたい」という目標は消化不良に終わった。

大阪での万博開催が決まり、両国をつなぐ共通点を考えた末に浮かんだのが藍染めだった。ヨルダンではかつて藍染めが盛んで、死海の北端に位置する渓谷に育つ植物から取れるインディゴは質が良く、遊牧民の伝統衣装を染めるのに使われた。しかし、近年は合成染料の登場で伝統技法が途絶え、地元の人たちによる復元プロジェクトが動き出していた。

インターネットで検索すると、徳島県上板町は藍の栽培面積が日本一と記されていた。タデ科の植物・藍の葉を発酵させた染料「すくも」は「阿波藍」と呼ばれ、江戸期から明治時代にかけて盛んだった伝統技術が根付いていることに心を引かれた。

上板町での体験と今後の展開

万博に合わせて日本政府が進めた「国際交流プログラム」に応募し、ヨルダンの復元プロジェクトと上板町の藍染め関係者を引き合わせた。パビリオンには上板町から職人を招いてワークショップも開いた。

昨年10月の閉幕後すぐに上板町を訪れたズグールさんは、藍染めの体験施設で職人の指導を受け、布を染料に漬けて着色した。「ヨルダンにもこんなに美しい文化があったんだ。徳島の力を借りてインディゴを取り戻したい」との思いを強くした。徳島では阿波おどりやヨルダンの伝統舞踊を披露するイベントも開いた。

復元プロジェクトに協力する四国大の鈴鹿剛准教授(55)は昨年12月、ズグールさんらとヨルダンを訪れ、現地の専門家と藍染め文化復活の可能性について意見を交わした。ズグールさんによると、ジャパンブルーとも呼ばれる独特の青色を再現するため、現地で徳島の藍を栽培することができないか検討が始まっているという。鈴鹿さんは「『徳島の職人から教えを請いたい』という声を多く聞いた。ズグールさんや現地の人の熱意に応えたい」と話した。

ズグールさんは、来年3月に横浜市で開幕する国際園芸博覧会で、ヨルダンとして徳島の藍染めを使った展示ができないか考えている。「大阪・関西万博で生まれた藍染めの交流を深めていくことが、国を超えた人と人との結びつきにつながる。ヨルダンと日本を結ぶ『交差点』のような存在になりたい」と語った。