土山實男著『日本がリアリズムを失うとき(上)』『日本がリアリズムを失うとき(下)』(中公選書・各2530円)は、今から約2400年前の古代ギリシャのペロポネソス戦争を描いたツキュディデスの『戦史』を核とし、「現実的なわきまえをもとに、可能な解決策をとるよう努力」することを「リアリズム」ととらえ、近現代日本の成功と失敗をリアリズムの有無から検証する。
日本がリアリズムを失った時
第二次世界大戦での敗戦は、明治維新以来のリアリズムが失われた結果だった。では日本はいつリアリズムを失ったのか。満州事変、あるいは日露戦争後といった一般的イメージに対し、本書が重視するのは日清戦争である。
ペロポネソス戦争でアテネを自滅に追いやったのはスパルタとの戦いの中で生じた、ツキュディデスが言うところの「降って湧いた幸運」による傲りだった。これと同じく、日清戦争での思わぬ勝利という幸運が日本の対外政策に傲りを生む。
陸奥宗光と若泉敬の「他策ナカリシ」
日清戦争を指導した外相陸奥宗光は自著『蹇蹇録』のなかで、遼東半島の割譲騒動をめぐり「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」と書いた。しかし、日本は初めから慎重なリアリズムをとるべきだった。割譲要求以外に他策はあったのではないか。
それからおよそ80年後の沖縄返還交渉において首相佐藤栄作の密使を務め、米ニクソン政権との間でいわゆる「核密約」の作成に関与した国際政治学者の若泉敬は、自著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』でその顚末を告白した。
戦後日本と今後の課題
戦後日本は日米安保条約を結んだ首相吉田茂によりリアリズムを取り戻し、その先に沖縄返還がある。本書では若泉によるこの希代の書の成立に著者自身が深く関わった事実も初めて明かされた。
膨大な文献をひもときつつ歴史と国際政治理論を巧みに交錯させ、高度な内容ながら読者を飽きさせないのは著者にしかなしえない技だ。本書が示すように戦後日本はリアリズムを取り戻したといえるが、今必要なのは安全保障の「グランド・デザイン」だという。日本の国際政治学の泰斗の言葉をかみしめたい。



