「そもそも地方移住という言葉の解像度が低すぎる」。47都道府県を取材し、自らも首都圏から長野県信濃町へ移り住んだ編集者・徳谷柿次郎さんはそう語る。移りたいという気持ちだけで場所を選んでも、現地のリアルな生活はイメージできない。移住先を選ぶ前に、まず自分自身をよく知ることが大切だという。
インタビューは、徳谷さんが2023年に新居を構えた信濃町の自宅で行われた。
世界情勢で変化した「移住」への意識
東日本大震災やコロナ禍をきっかけに、「当たり前」とされてきた暮らしの基盤が揺らぐたび、住む場所や働き方を見つめ直す人が増えてきた。地方移住への関心が高まる一方で、「どこがいいのか分からない」と足踏みする人も少なくない。
徳谷さんの経歴を振り返ると、その言葉の背景が見えてくる。
- 2015年:47都道府県を取材する「どこでも地元メディア ジモコロ」編集長に就任
- 2017年:東京と長野市の2拠点生活を開始
- 2019年:東京の自宅を解約し、長野市へ移住
- 2021年:長野県移住総合メディア「SuuHaa」を立ち上げ
- 2022年:長野市内に編集会社Huuuuのオフィス兼コミュニティスペース「MADO」を開設
- 2023年:信濃町に移住し、47都道府県の取材をすべて達成
徳谷さんは、人間の移動についてこう考える。「大前提として、人間はもともと移り住む生き物だと思っているんですよ。定住革命って、稲作などの文明の発達によって人が土地に縛られるようになったもので。基本的には、人間は自然環境とか食料確保の観点から、よりよい土地へ移動するのが自然なことだと思っていて」
東日本大震災が移住を身近に変えた
徳谷さんが地方移住の話をするとき、まず持ち出すのは2011年の東日本大震災だ。従来の「当たり前」が大きく崩れたこの出来事を機に、単なる引っ越しとは違う「移住」という考えがより身近なものとして浮かび上がってきた。当時東京で編集者として働いていた徳谷さん自身も、「このまま大都市で暮らしていていいのか」という危機感を抱いたという。
その後、ライフスタイルの多様化も加わり、「人は移り住むものだ」という意識は社会のトレンドとして定着していった。
この記事はSUUMOジャーナルの提供記事です。



