満洲事変を起こした陸軍中将・石原莞爾(1889〜1949年)は、その代表作『世界最終戦論』で最終戦争の時期を1984年と予言した。しかし、現代史研究家の保阪正康氏は「当てずっぽうでしょう」と語る。
石原莞爾と『世界最終戦論』
石原莞爾は関東軍作戦課長として満蒙領有計画を立案し、1931年に満洲事変を引き起こした。その後、日中戦争の拡大には反対し、太平洋戦争開戦後は東條英機と折り合いが悪く冷遇された。彼の著書『世界最終戦論』は1940年9月に立命館出版部から出版された、約90ページの薄い本である。
1984年最終戦争予言の真実
この本は1934年の講演を元にしており、その後の質疑応答で石原は「世界最終戦は50年先」と答えた。1934年から50年後は1984年で、これはジョージ・オーウェルの小説『1984年』と同じ年だが、保阪氏は「何か根拠があって言っているわけではない。当てずっぽうでしょう」と述べている。
三度の改訂と変遷
日本海軍史研究者の戸髙一成氏によると、『世界最終戦論』は3回活字になっており、各版の巻末には「戦争進化一覧表」が付いているが、三つとも微妙に内容が異なる。石原本人は、第二次大戦が第一次大戦の延長なのか、自身の言う最終戦争なのか迷い、決めきれていなかったという。戸髙氏は「『世界最終戦論』自体もいわゆる『概念』の産物。『妄想』とはあえて言いませんが」と評する。
石原は、精神文明の東洋(日本)と物質文明の西洋(アメリカ)が最終決戦を行うと説いた。しかし、実際の日米開戦は1941年12月であり、彼の予言した1984年にはならなかった。



