北朝鮮が初めて核実験を強行してから、10月9日で20年を迎える。その後5回の核実験を重ね、いまや核保有国と宣言する北朝鮮。かつて核開発を凍結・放棄させるため、日米韓などが資金を投じて原子力発電所を建設しようとしたことがあった。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)による軽水炉建設事業だ。
現地で見た北朝鮮の実像
建設地となった北朝鮮東海岸の琴湖(クムホ)地区には、多くの韓国人技術者や労働者が滞在し、北朝鮮の人々とともに工事に携わった。1997年7月から約2年間、現地で韓国代表を務めた李賢主(イヒョンジュ)・元駐大阪韓国総領事が、建設現場で目にした北朝鮮の実像と、事業が頓挫した背景を語った。
李賢主氏が勤務した当初、咸鏡南道・琴湖地区の現場では韓国側の管理要員や建設労働者約200人、北朝鮮が提供した労働者約100人の計約300人が働いていた。
「マクベスの冒頭のようだ」と日記に記す
周辺には木が1本も残っておらず、黄色い黄土がむき出しのはげ山が広がっていた。山腹には粗末な家々がびっしりと並び、白い墓が点在していた。李賢主氏は当時の日記に、「(3人の魔女が集う場面から始まる)『マクベス』の冒頭のようだ」と書いた。
住民たちは建設に伴って移住を命じられた。牛車にわずかな家財道具を積み込み、引っ越していく姿が今も忘れられないという。
日曜日の暮らしと事業の頓挫
日曜日になると、一定範囲で…(以下は有料記事のため、続きは会員限定)