「日本のものでもう一度、世界をあっと言わせたい」――そう語るのは、植物工場スタートアップ「Oishii Farm」共同創業者兼CEOの古賀大貴さん。2017年にニューヨーク近郊で創業し、屋内型植物工場でいちごの安定量産化に世界で初めて成功した。現在、ミシュラン星付きレストランやホールフーズなど北米の主要スーパー数百店舗以上で販売を拡大。国内外で植物工場ビジネスの撤退が相次ぐ中、同社は量産体制と販路を拡大し、2024年にはシリーズBで約230億円超、2026年にはシリーズCのファーストクローズで約240億円の調達を発表。業界でも数少ない成功事例として注目を集めている。また、TED 2024にも登壇し、植物工場の可能性を世界へ発信した。
DIY精神と諦めない挑戦が生んだ成功
その出発点は決して華やかなものではなかった。80万円で購入した中古コンテナを自ら改造し、空調や配線を一つひとつ組み上げた。ハチが飛ばないという“業界の常識”を前に、100円ショップの化粧筆で1年間、花を受粉させ続けたという。世界市場で結果を出すまでの道のりは、こうしたDIYと諦めの悪い挑戦の積み重ねだった。
本対談は、業界の“当たり前”を問い直す企画の一環として行われた。お相手は、こんまりメソッドを世界に広めたプロデューサー・川原卓巳。対談では、日本の農業を“衰退産業”から“世界で勝てる産業”へと再設計する構想が語られた。
なぜニューヨークで始めたのか
古賀氏は、フラットに世界を見たとき、どこで始めるのが最短でグローバルを取れるかを考えたという。「ニューヨークには、ミシュラン星付きレストランも、目利きのシェフも、富裕層もいる。一方、日本で当たり前の“本当に美味しいいちご”は、ほとんど体験されていませんでした。アメリカの農業は長距離輸送が前提で、1週間以上日持ちする硬い品種が主流。だから、柔らかく香りが強く、味を最優先にしたいちごは構造的に生まれにくい。日本では当たり前だった『おいしさ』は、ニューヨークではまだ市場に存在していない価値でした」と説明する。
また、チームづくりの観点でもアメリカを選んだ。「アメリカはグローバルに活躍できる人材が集まりやすい。最初から世界で勝つ前提で、市場もチームも設計していました。正直、アメリカのほうが大変だということは、そこまで深く考えていませんでした」と振り返る。
「難しいほう」にこそ勝ち筋がある
最初からいちごを選んだ理由について、古賀氏は「最初から儲かるような作物でなければ、会社として続かないと思ったから」と語る。植物工場の業界では、ほとんどの会社がレタスなどの葉物しか作れていなかった。レタスは受粉が不要だが、いちごやトマトのように実がなる作物は蜂を飛ばして受粉させる必要があり、人工環境下では蜂がうまく飛ばないと言われていた。「だから100社あれば99社が、まずレタスから始める。でも僕らは逆に考えました。受粉という壁さえ突破できれば、いろんな作物が作れるようになる。難易度は高い。でも、いちごを制すれば、このレースは勝てると考えていました」
時間軸も重要だった。「みんながレタスに投資している間に、蜂の受粉という全く別の技術を確立できれば、彼らが次に果実へ挑戦するときには、5年、10年先を走れる。もちろん、『本当に蜂が飛ぶのか』と言われました。でも僕らには仮説があった。環境要因を分解していけば、きっと再現できるはずだと」
ブランド戦略で「いちごといえばOishii Farm」へ
3つ目の理由はブランドだ。「例えば『あまおう』を超えるのは相当難しい。一度『これが一番いい』という認識が市場にできてしまえば、後発は簡単に入り込めない。一方でレタスは、ブランドを知っている人は少ない。1円でも安いものが並べば、そちらが選ばれてしまう。だから、最初からブランドを作れる作物を選ぶ必要があった。『いちごといえば、まずOishii Farm』そのポジションを確立できれば、野菜や果物全体へ拡張できる」と語る。
「セレブしか食べられないいちご」からホールフーズへ
当初は1パック50ドル(約5,500円)で、ミシュラン星付きレストランなど限られた場所だけに提供していた。「シェフや著名人が召し上がってくださり、SNSで広がっていった。本当に『セレブしか食べられないいちご』でした」と古賀氏。その後、5年目くらいで受粉技術が安定し、歩留まりが大きく改善。10個花が咲けば9.5個実る精度になり、コストが下がり一般販売が可能になった。現在はニューヨークのミシュラン星付きレストランの約20%で採用され、米国18州およびカナダ1州で展開。ホールフーズマーケットなど数百店舗に広がり、価格は1パック8〜10ドル前後になった。
日本の農作物全体の価値を世界へ
古賀氏は、Oishii Farmの成功を日本の他の農作物にも応用できると考えている。「世界で『日本が強い』といえば、車やエレクトロニクス。寿司やラーメンは浸透してきましたが、『日本の農作物が世界一』という印象はまだ強くありません。でも、Oishii Farmのいちごが美味しい、トマトもメロンも美味しいとなれば、『日本の農作物は一番いい』という認知が生まれる。そうなれば、僕らが作っていない作物も含めて、日本の農業が海外へ出ていける可能性が一気に広がります」
同社はホールフーズを含め、アメリカのスーパーと直接つながる強いチャネルを持っている。「例えば『Powered by Oishii Farm』のように品質保証のスタンプを付けて展開する。植物工場だから売れるのではなく、『いい値段で、本当に美味しい』から選ばれている。その信頼を、日本の農産物全体に広げていきたい」と意気込む。
パラダイムシフトが農業の未来を変える
古賀氏は、農業の構造的な課題を指摘する。「水が足りない。土地が足りない。労働力が足りない。このままではコストは上がり続ける。しかし、世界的に見ると人口増加は進んでおり、食料危機が迫っています。植物工場がその選択肢の一つとなると考えています」
植物工場では、水はほぼリサイクルでき、農地も不要で倉庫で生産できる。自動化もしやすい。長期的には、屋外で作るより安くなる可能性が高い。実際、シンガポールのように農地が限られた場所では、空輸するより植物工場のほうが安いケースも出ている。同社も当初50ドルしていたいちごを、この5年で7ドル台までコスト削減に成功した。「このペースでいけば、数年以内にはあまおうより糖度が高いイチゴが、1パック数百円台で販売できるようになります」と古賀氏。
これまで農業は気候に依存する地域分断型の産業だったが、植物工場が可能になれば世界中で同じ品質を再現できる。これは、自動車やエレクトロニクスのようなマニュファクチャリング産業へと近づいていくことを意味する。「将来的には、植物工場においては、トップ5社、10社が世界をカバーする構造へと変わっていく可能性もある。その構造転換の中で、農業版テスラ、農業版トヨタのような存在を目指しています」
日本の農業はチャンスしかない
古賀氏は、日本の農業の強みとして種苗を挙げる。「美味しい品種の開発には10年単位の時間がかかる。農業は工業製品と違って、設計図さえあればすぐにコピーできるものではありません。日本は、ぶどうやいちご、野菜など、世界トップクラスの品種を持っています。これまでは日本の気候でしか育てられなかったものも、植物工場で気候を再現できれば、世界中どこでも日本の品質を育てられる」
また、日本は施設園芸、空調、LED、ロボティクス、エンジニアリングといった周辺技術にも強い。「この両輪が揃っている国は、世界でも多くありません」と強調する。
同社は2025年に東京・羽村市にオープンイノベーションセンターを設立すると発表した。植物工場専用の空調やロボット、生産システムを標準化し、IKEAの家具のようにパッケージ化していく。世界中どこでも、同じ設計で工場を組み立てられる形にしていく構想だ。「日本で研究開発を推進し、そこから工場そのものをグローバルに展開していく。“農業のインフラ”を輸出するという発想です」と古賀氏。
海外挑戦へのアドバイス
古賀氏は、海外で起業する日本人に向けて「海外で起業をするということは、大半の日本人にとっては飛車角落ちの状態で名人に挑まされるような厳しい戦いです。言語ハードルも、文化面の解像度の低さも、これまで培ってきたネットワークが活かせないことなど、全てがマイナスからのスタートです。これを凌駕するには、①海外企業が絶対に持っていない、日本人としての何らかの強みを活かせること。②自分にとっての“飛車角”となる現地人をすぐに見つけ、穴埋めすること。この二つが必須だと考えています」とアドバイスする。
「我々もまだ成功し切れるかはわかりませんが、なんとかファーストペンギンとして実例を作り、他の日本人がどんどん世界にチャレンジできる環境作りに貢献できたら嬉しいです」と締めくくった。
対談の背景
本記事は、川原卓巳(KonMari Media Inc. CEO / Takumi Inc. Founder / プロデューサー)との対談をもとに構成されている。川原氏は、こんまりメソッドを世界に広めたプロデューサーで、日本発コンテンツの海外展開も手がけている。対談の様子は、川原卓巳のビジネス戦略ch【自分らしいプロデュースメソッド】で視聴可能。



