MIXI創業者笠原健治氏、37歳で社長退任の真相「公園でチラシ配り」から生まれたヒットアプリ
MIXI創業者37歳で社長退任、公園でチラシ配りからヒット

MIXI(ミクシィ)創業者の笠原健治氏(50)は、37歳という若さで代表取締役社長の座を退き、現場に戻る決断をした。その背景には、SNS「mixi」の凋落と、スマートフォン時代への対応という大きな経営課題があった。退任後、自ら立ち上げた家族向け写真共有アプリ「家族アルバム みてね」は、現在世界で3000万人以上が登録する人気サービスに成長。国内のママ・パパの65%(2024年12月時点)が利用するという。

上場企業の会長が公園でチラシ配り

2015年4月、桜が舞い散る駒沢オリンピック公園。花見客の中に幼い子連れの親を見つけると、一人の男性が頭を下げながら近づき、チラシを手渡していた。それは「家族アルバム みてね」の宣伝チラシ。配っていたのは、なんとミクシィの取締役会長(当時)である笠原健治氏本人だった。いいアプリができた自信はあったものの、期待したほど反応は良くなかったという。「チラシを渡しても、なかなかじっくり話を聞いてもらうまでにはいかない」と笠原氏は振り返る。受け取った側も、まさか上場企業の会長が自ら宣伝活動に汗を流しているとは思わなかっただろう。

37歳で社長を退任、現場に戻ったワケ

笠原氏が代表権のない会長に退いたのは2013年6月、37歳の時だった。“パソコン時代”のSNSとして一世を風靡した「mixi」の人気は衰え、業績不振から株価は下落。2013年4~6月期の連結決算では上場後初の四半期赤字を計上した。「2010年頃から同時多発的に試練の波が押し寄せました。携帯電話がガラケーからスマホに切り替わり、SNSがスマホ中心になる。ツイッター(現X)、フェイスブック、インスタグラムなどが日本に上陸してくる。mixiは新しいサービスに押されてジリ貧になり、新規事業が大きな経営課題になりました」と笠原氏は語る。事態を打破すべく、自ら新規事業を立ち上げる決意を固め、社長を退任してビジネスの現場に戻った。その後、自身の子育て経験から「みてね」の事業を発案。アプリ開発やユーザーテストを繰り返し、約2年かけて正式リリースにこぎ着けた。その直後のチラシ配りは、有名経営者には似つかわしくない泥臭いプロモーション活動だった。

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「0→1より、10まで育てたい」

笠原氏は30歳で東証マザーズに上場。直後には時価総額が2200億円規模にまで膨れ上がり、「ネット第3世代の旗手」として脚光を浴びた。しかし、その後の mixi の衰退と新たな挑戦を経て、30代の決断について「正解なき決断の連続だった」と振り返る。退任の決断を後押ししたのは、長女の誕生だったという。「やりたいこと、やるべきこと、やれること」が重なった瞬間だったと語る。迷ったときは「内なる声」に向き合うことを大切にしてきたという。

「みてね」の成功と「生涯プロデューサー」としての挑戦

「みてね」は、現在では mixi 全盛期のユーザー数を超える規模に成長。笠原氏は「生涯プロデューサー」として、今後も新たな挑戦を続ける意欲を示している。

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