「NISAで月10万円積み立てている」「非課税枠は早く埋めた方が勝ち」。SNSでこうした投稿を目にすると、「自分ももっと投資しなければ」と焦り、生活を切り詰めてまで投資に回してしまう人が少なくない。この状態は「NISA貧乏」と呼ばれ、特に将来不安を抱える若い世代に顕著だ。本来は生活を豊かにするための投資が、かえって日々の暮らしを苦しくしては本末転倒である。
「NISA貧乏」という言葉が生まれた背景
2024年に新NISAがスタートし、非課税保有期間が無期限化、年間投資枠も拡大されたことで、投資を始める人が急増。金融庁のデータによると、NISA口座数は2025年12月末時点で2826万口座に達し、新NISA開始前の2023年末から約700万口座増加した。特に若い世代の投資意欲は旺盛で、内閣府の「国民生活に関する世論調査」では、若年層ほど今後の生活の力点を「資産・貯蓄」とする割合が高い。
こうした中、SNSでは「年間投資枠を使い切る」「最短で1800万円の生涯投資枠を埋めるのが合理的」といった情報が拡散。他人の積立額や資産額を目にした人が焦り、無理に投資額を増やした結果、生活が苦しくなる——この現象を指して「NISA貧乏」という言葉が生まれた。2026年3月の衆議院財務金融委員会でも、野党議員が片山財務大臣に「NISA貧乏という言葉を聞いたことがあるか」と質問し、話題となった。
「NISA貧乏」に陥りやすい人の特徴
すべての投資家が「NISA貧乏」になるわけではない。陥りやすい人には共通する特徴がある。第一に、生活費を削って投資に回している人。長期間安定した積立を続けるには、生活を圧迫しない範囲で行う必要がある。第二に、生活防衛資金がない人。手元資金がほとんどない状態で投資を優先すると、相場下落時にNISAを取り崩す際に損失を抱えるリスクがある。生活費の3~6か月分を預貯金で確保してから余裕資金を投資に回すのが基本だ。
第三に、SNSの「すごい人」と比較してしまう人。「5年で生涯投資枠を埋めた」「年初に一括投資」といった投稿はごく一部だが、アルゴリズムで頻繁に目にするため、それが当たり前に感じられ、無理に積立額を増やしてしまう。第四に、現金を持つことを悪と考える人。「インフレ時代に現金は無意味」「円安なら海外資産に投資すべき」といった過度な期待は危険。急な出費に備えた現金も重要だ。
第五に、何が何でもNISAを取り崩さない人。口座に数百万円あっても生活費が不足し、カードローンやリボ払いに頼るのは本末転倒。NISAはiDeCoと違い、必要な時に取り崩せるメリットがある。「絶対に取り崩してはいけない」と考える必要はない。そもそも、生活費を圧迫する無理な金額を積み立てていることが問題だ。第六に、投資額を増やすこと自体が目的化している人。投資は人生を豊かにする手段であり、お金を増やすことが目的になると、現在の生活の充実がおろそかになる。一度「何のために投資するのか」を考え直すべきだ。
適切な投資額の目安とシミュレーション
「NISA貧乏」にならないための投資額の目安は、一般的に収入の10~20%を貯蓄・投資に回すこととされる。しかし、収入や家族構成は人それぞれで、万人に当てはまる正解はない。3~6か月分の生活防衛資金を確保し、日々の生活や自己投資、趣味に使うお金も維持できる範囲で投資を続けることが大切だ。
若いうちは収入が少なく「余裕資金がない」と感じるかもしれない。しかし、若いからこそ多少無理をして積み立てるという考え方もある。ただし、生活を切り詰めるほどの無理ではない。月3万円から始め、難しければ月1万円でも十分だ。投資で重要なのは金額の大きさではなく、長く続けること。経験を積んで収入が上がったら積立額を増やせばよい。
具体的なシミュレーションとして、月3万円を年利3%で65歳まで積み立てた場合の資産額を試算する(金融庁「つみたてシミュレーター」を使用)。25歳から40年間積み立てると、最終積立額は約2778万円。40歳からの25年間では約1338万円、55歳からの10年間では約419万円。積立期間によって大きく差が出る。月10万円の無理な積立をしなくても、25歳から月3万円を続ければ老後までに3000万円近い資産を築ける可能性がある。年5%で運用できれば、さらに少ない積立額でも同程度の資産形成が期待できる。
SNSで語られる「最適解」を追い求める必要はない。大切なのは、自分の家計に合った金額で無理なく長く続けることだ。
お金と心の安定が「NISA貧乏」を防ぐ
収入に対して投資額が大きすぎたり、現在の生活より資産形成を優先しすぎると「NISA貧乏」に陥る。その背景には漠然とした将来不安がある。不安を和らげるには、金融リテラシーを高めるとともに、資産形成を自分らしい暮らしを実現する手段として捉えることが重要だ。
近年、金融界では「ファイナンシャル・ウェルビーイング」という考え方が注目されている。金融庁によれば、「現在および将来にわたり、経済的な観点から多様な幸せを実現し、安心感を得られている状態」を指す。誤解しがちなのは、お金をたくさん持てばウェルビーイングが実現できると思うことだ。いくら資産があっても将来の見通しが立たなければ不安は消えない。逆に、収入や資産が少なくても、家計管理ができ、ライフプランに沿った見通しがあれば安心して暮らせる。
まずはライフプランを作成し、将来のお金を「見える化」しよう。漠然とした不安が小さくなれば、必要以上に投資を急ぐこともなくなる。
まとめ:投資は人生を豊かにする手段
人生において、投資とはお金を働かせることだけではない。自分自身にお金や時間をかけることも立派な投資だ。特に若いうちは、資格取得やスキルアップ、さまざまな経験など、今しかできないことにお金を使うことも大切。そうした自己投資は将来の収入を増やし、結果的に資産形成を大きく後押しする。
(石倉博子:ファイナンシャルプランナー(1級FP技能士、CFP認定者))



