東京都北区の西ケ原は、東京メトロの駅の中でも「最も無名」と評されることがある。しかし、江戸時代には徳川家光が鷹狩りを楽しんだ地であり、現在も3つの博物館が存在する文化的なエリアだ。そんな西ケ原がなぜ再開発されないのか。その背景には、歴史的・行政的な要因が複雑に絡み合っている。
公共施設が集中する西ケ原
西ケ原が再開発されない最大の理由は、駅周辺に公共施設が多数立地していることだ。北区の前身である滝野川区の時代、西ケ原は行政の中心地であった。その名残で、現在も区の施設や文化施設が集中しており、民間企業が自由に開発できる土地が極めて限られている。
具体的には、西ケ原駅から徒歩圏内に北区立中央図書館、北区飛鳥山博物館、紙の博物館、そして渋沢史料館などが点在する。これらの施設は地域の文化拠点として機能している一方、大規模な商業施設やマンションの建設を難しくしている。
国立印刷局東京工場の広大な敷地
さらに、駅前には国立印刷局東京工場が広がっている。この工場は日本銀行券や収入印紙、郵便切手などを製造する重要な施設で、その敷地は非常に広大だ。本郷通り沿いを歩くと、飛鳥山公園の緑が続いた先に住宅地が見えたかと思うと、すぐに印刷局の敷地が現れる。
この工場の歴史は1931年(昭和6年)に遡る。当時、大手町にあった工場の証券印刷部門が移転し、滝野川分室として設置された。その後、滝野川工場と呼ばれるようになり、2014年(平成26年)には虎の門工場と統合して東京工場と改称された。現在も現役の工場であり、移転の予定はないため、このエリアの再開発の大きな障壁となっている。
歴史的経緯と今後の展望
西ケ原には国の施設が集まる理由として、江戸時代からの歴史が挙げられる。かつては将軍の鷹狩りの場であり、明治以降も官営の施設が置かれた。このため、民間の開発が進みにくい土地柄が続いている。
しかし、近年は周辺地域で再開発の動きも見られる。例えば、隣接する王子駅前では大規模な商業施設の建設が進んでおり、西ケ原にもその波及効果が期待される。ただし、現状では公共施設や工場の移転が難しいため、西ケ原独自の再開発は当面見込めないとみられる。
一方で、地域の魅力を活かしたまちづくりの模索も始まっている。博物館や公園を活用した観光ルートの整備や、空き家を改装したカフェの開業など、小さな変化が起きている。再開発ではなく、既存の資源を活かした持続可能な街づくりが、西ケ原の未来の方向性かもしれない。



