2026年のノーベル物理学賞は、アイスキューブ南極点ニュートリノ天文台の国際プロジェクトのリーダー、フランシス・ハルツェンさんに与えられることになりました。そして国際プロジェクトには、日本の千葉大学の「ハドロン宇宙国際研究センター」が参加しています。
そこで疑問になるのが、なぜ「ニュートリノ」ではなく「ハドロン」なのか、ということです。結論からいうと、おいしいハドロンの塊もあります。
巨大な実験装置の歴史
科学実験というと、理科室のテーブルの上でビーカーとフラスコを使うイメージがありますが、一方で巨大な実験装置も昔からあります。14世紀に完成したイタリアの高さ50メートルあまりのピサの斜塔は、ガリレオが落下の実験をしたことで有名です(ただし後世の伝説と考えられており、実際に斜塔から落とした確実な証拠はありません)。19世紀のパリのパンテオン神殿では、フーコーが長さ67メートルの振り子を吊るして地球の自転の証明実験をしました。
20世紀になると加速器という巨大な実験装置が稼働するようになります。スイスのジュネーブ近郊にあるCERN(欧州原子核研究機構)の「LEP(大型電子陽電子衝突型加速器)」は円周が27キロメートルで、一部はフランス領にもはみ出して設置されていました。ここでは日々電子と陽電子を光速近くまで加速していました。21世紀に入るとLEPは役目を終え、同じ27キロメートルのトンネルを利用して陽子衝突型加速器「LHC」が建設されました。27キロメートルというのは山手線一周の34キロメートルの8割ほどで、実験装置が「地図にのる」レベルです。
日本でも、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)の周長3キロメートル級の「SuperKEKB」をはじめ、数キロメートル規模の加速器がいくつも稼働しています。ほかに大きいものとしては、長さ数キロメートルの重力波望遠鏡の「LIGO」や日本の「KAGRA」があります。
ハドロンとは何か
アイスキューブのチームで最も重要なセンサーの開発をしているのが、日本の千葉大学の「ハドロン宇宙国際研究センター」です。スイスのCERNのLHCも「Large Hadron Collider」で、直訳すると大型ハドロン衝突器です。
ハドロンは、陽子、中性子などのバリオンと、π中間子、k中間子などのメソンなどの総称です。世の中にあるものは様々な素粒子でできていますが、原子核を作る陽子や中性子はクォークという基本粒子でできており、π中間子やk中間子もクォークでできています。つまりハドロンはクォークでできているのです。クォークは6種類あることがわかっています。アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、ボトム、トップと名付けられています。
身近なものでクォークでできていないものもあります。まず電子です。電子はクォークと同じ基本粒子ですが、クォークとは別ものです。他にニュートリノも基本粒子で、これらはまとめてレプトンと言います。さらに、粒子どうしの力を伝える光子(電磁気力)、グルーオン(強い力)、W粒子やZ粒子(弱い力)などがあり、これらはゲージ粒子と呼ばれます。
ハドロンを調べるためのニュートリノ観測
現在の理解では、世の中の物質は主にクォークとレプトンからできており、それらの間でゲージ粒子が力を伝えています。そしてクォークの単体あるいは組み合わせでできているのがハドロンです。ハドロンを知りたいというのは、物質とは何かを知りたいということです。
ニュートリノはハドロンではなくレプトンです。宇宙には高エネルギー宇宙線という、非常にエネルギーが大きいハドロン(だいたいは陽子)がありますが、これがどこからどうやってきたのかはわかっていません。長い旅をしている間に進行方向が大きく変わるからです。一方で、ニュートリノは幽霊素粒子といわれるように、他の物質とほぼ反応せずに宇宙を直線的に突っ走ります。高エネルギー現象ではニュートリノが発生することが多いので、ニュートリノの観測をすることで高エネルギー宇宙線の出自などを調べようとしているのです。つまり、ハドロンを調べるのにレプトンを観測するということで、千葉大学のセンター名は納得できるものです。
私たちの身体の体重の99.9%以上はハドロンが占めています。身体はほぼハドロン製であるといって差し支えありません。次回は打ち上げが成功したMMXについて語られます。