坂本城址公園は、実際の城跡から離れた場所に建てられている。歴史ファンにとっては、本来の城跡で光秀の石像と向き合いたいところだが、公園は別の場所にある。そんな中、令和6年(2024年)2月、坂本城跡で長さ約30メートルの石垣が見つかり、話題を集めた。
明智光秀は出自も謎に包まれ、本能寺の変の動機もいまだに解明されていない。その謎は、光秀が築いた坂本城にも及ぶ。豪華絢爛だったとされる幻の名城の実像は、まだ明らかになっていない。今回の石垣発見が、その解明の糸口となるかもしれない。
石垣発見の意義
2024年2月の発見は、坂本城の正確な位置や規模の特定につながる可能性がある。これまで謎に包まれていた城の実像に迫る手がかりとして注目されている。
城址公園と本来の城跡
坂本城址公園は、実際の城跡から離れた場所にある。そのため、城の正確な位置を把握するのは難しい。今回の石垣発見は、城の範囲をより明確にするものだ。
なお、関連書籍として真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。



