井上ひさしが24歳の時に書いた戯曲「うま―馬に乗ってこの世の外へ―」が初めて舞台化された。2022年にテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」によって世に出た作品で、戦国時代の羽前の国(山形県)を舞台にしている。
物語は、母(梅沢昌代)と共に村にやってきた太郎(小瀧望)が、引いてきた馬を「金のくそをたれる」と言って村の実力者・松左ェ門(安井順平)に売りつけるが、うそがばれて馬を殺される。しかし、めげずにさらに大きなうそで松左ェ門を破産させ、他の村人からも金を巻き上げ、女たちの心も奪う。
1959年執筆の初期戯曲
書かれたのは1959年。昔日の東北の風土や信仰、生活が織り込まれ、叙情的なせりふが心に響く。濃密な会話から人間の業や滑稽さが浮かび上がる。後の傑作群の萌芽が見られるが、井上が得意とした音楽劇ではなく、淡々と進む長いせりふ劇だ。演出の藤田俊太郎やスタッフ陣は奇をてらわずに戯曲の魅力を引き出すことに徹し、観客の心を揺さぶった印象だ。
圧巻の舞台美術とダークヒーロー
圧巻だったのは松井るみの舞台美術。オシラサマという東北の民間信仰の神体を大量にあしらった背景幕と、隙間風が吹き込みそうな粗末な家のセットにより、厳しい自然の中で生きてきた登場人物たちのしぶとさや情念を感じさせた。
主人公の太郎は神仏も信じず、自分の力で生きるためには悪事も辞さない。その悪さは傑作「藪原検校」や「天保十二年のシェイクスピア」の主人公と重なる。そんなダークヒーローを小瀧がシャープに演じた。巧みな言葉、艶のある声、鋭い眼力、自在な「間」のやり取りで、村人たちを陥れていく。
第3景では激怒した松左ェ門が太郎の寝込みを襲い、間違ってその母の死体をめった打ちにする。気付いた太郎は「母を殺した」と責めて金を巻き上げ、一人になると「かあちゃんは犬死にしたんじゃない」と言ってのける。母の死にも動じないほどの振り切れた悪辣さに痛快さを感じた。また、安井や大鶴佐助、音月桂ら芸達者な面々を集めた村人役の好演で笑いも絶えない。
現代にも通じる人間の愚行
ただ、次第に怖さが広がる。太郎の無慈悲さはエスカレートし、金に目のくらんだ村民たちはいいように手玉に取られる。描かれていたのは、欲にかられた庶民が悪い権力者に翻弄されて共同体が崩壊する様子。今も変わらぬ人間の愚行だ。未来をも見通す若き井上の鋭い視線を感じるとともに、巨悪が今の東京に歩み出すようにも見えるラストに戦慄をおぼえた。
公演は28日まで、東京・渋谷のパルコ劇場で。



