ビクターエンタテインメント社長小野朗氏に聞く、サカナクションとM!LK快進撃の背景と100周年戦略
ビクター社長小野朗氏に聞く、サカナクションとM!LK快進撃の背景

ビクターエンタテインメントの代表取締役社長に2025年6月19日付で就任した小野朗氏は、入社以来32年間、音楽の現場とともに歩んできた。東北地方のエリアプロモーターを皮切りに、スピードスターレコーズの宣伝・制作部門でさまざまなアーティストを担当。2010年からは同レーベルのレーベル長として舵取りを担ってきた。来年創立100周年を迎える老舗メーカーで、小野氏が成し遂げたいこととは。サカナクション、M!LKと立て続けにヒットが生まれている背景も聞いた。

「宣伝マン」の視点を経営の強みに

小野氏は1994年に大学卒業後、ビクターエンタテインメントに入社。4歳から高校3年までピアノを習い、高校時代からバンドを始め、大学ではバンドとPAのアルバイトに明け暮れるなど、音楽一筋の学生時代を送った。「レコード会社はイメージとして一番音楽に関われるかなと思って志望した」と振り返る。

入社後は東北6県を担当するエリアプロモーターとしてキャリアをスタート。1996年からスピードスターレコーズの宣伝・制作部門でプロモーションに携わり、2006年からサザンオールスターズを担当。2010年にスピードスターのレーベル長に就任した。「基本的にほとんどスピードスターに関わっていて、ずっと宣伝をやっていたので、自分としては宣伝マンであるという意識を常に持ち続けてきました」と語る。

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その経験は現在の経営にも生きている。「ライブに行っても、映画を観ても、つい自分だったらどう宣伝するかと考えてしまう。それがもう癖になっている」と小野氏。社長就任後も「宣伝マンであったことは僕の強みですし、これまで同様、アーティストの立場を理解しようとする目線をずっと持ち続けていたい」と強調する。

組織改編と100周年に向けた理念

小野氏は社長就任後、2025年10月と2026年4月に組織改編を実施。複数の部署の役割を明確化し、全社員が自らの位置づけを理解できる組織図作りを意識した。「組織が乱立していると、セクショナリズムに陥りがち。どの部署も全社のために動いているということを理解してもらいたい」と狙いを語る。

2026年5月には、来年の創立100周年に向けた新グループ理念「Good Music, Good Culture−エンタテインメントで時代を切り拓き、文化と社会に貢献する−」を策定。「めちゃくちゃシンプルな言葉だけに強いワード。この言葉を正面から言い切って、実現することが僕らのやるべきこと」と意気込む。

ビクターエンタテインメントの強みについて小野氏は「アーティストファーストで、クリエイティブファーストで、お客様ファーストであること」と断言。「コアなバリューをしっかり持っていないと会社の良さは失われていく」とし、社員にもその重要性を伝えている。

M!LK大ブレイクの要因

最近のトピックスとして、M!LKの大ブレイクが挙げられる。2014年結成、2021年にビクターからメジャーデビューし、2025年「イイじゃん」がSNSで火がつきNHK紅白歌合戦に初出場。2026年に入り「爆裂愛してる」「好きすぎて滅!」がオリコン週間ストリーミングランキングで3週連続1・2位を独占(5月4日付~5月18日付)。『MUSIC AWARDS JAPAN』では主要6部門にノミネートされ、授賞式では5冠を獲得した。

小野氏は「個々のメンバーが頑張ったこと、事務所のスターダストプロモーションさんが独自の確かなノウハウで育ててきたこと、そして弊社のクリエイティブ・宣伝チームも同じ熱量で並走できたことが大きかった」と分析。SNSでの細かな企画やファン拡大戦略、メンバーの向上心と強固な土台がヒットにつながったとし、「着実に段階を経て、絶妙なタイミングでのブレイクだった」と評する。

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「大小の差はあれ、チャンスは絶対誰にでも来ます。そのチャンスをつかめるかどうか、タイミングや運を引き寄せられるかどうかは、日々の努力次第だと思います」と語る。

サカナクション「夜の踊り子」14年越しの大ヒット

もうひとつの大きな話題は、サカナクションが14年前にリリースしたシングル「夜の踊り子」が海外発のミームを発端に日本でも爆発的に拡散され、オリコン週間ストリーミングランキングで3週連続1位(5月25日付~6月8日付)を獲得したことだ。

小野氏は「過去曲が発見されるチャンスは数多くありますが、オリコンの週間ランキングで1位を獲るところまでいけるというのは、発売当時にメンバーはじめスタッフも含めてかなり綿密に良い楽曲とその背景を作り上げたから」と分析。「単にバズるだけではなく、強度のある質の高い音楽がしっかりと表に出てくるのは非常にいいこと。カタログ資産が豊富な弊社としては、今後それらをどのように活用していくかを考えていく必要がある」と述べた。

サカナクションは旧譜のみならず、2025年に約3年ぶりの新曲「怪獣」が大ヒットし、紅白に12年ぶり出場。『MUSIC AWARDS JAPAN』では単独で4冠、スタッフ4冠の最多8冠を獲得した。小野氏は「業界関係者からも『すごく勇気づけられた』という声をいただいた。彼らのように真摯に長く音楽に向き合っているアーティストがストリーミング市場で存在感を示せたのは、業界に携わる多くの人たちに勇気を与えた」と語る。

長く活躍するアーティストに必要な要素

サザンオールスターズを担当してきた小野氏は、長く活躍できるアーティストの条件として「そのときそのときで真摯に取り組み、固有のストロングポイントを持ちつつ、時代にアジャストしながらも、変わらない部分と変わる部分を使い分けられること」を挙げる。「長く売れているアーティストは今の時代を冷静に見ていて、自分ができることはさらに進化させ、できないことやカッコ悪いと思うことはやらない。そういう判断ができる人が多い」と指摘する。

グローバル展開と地域レーベル構想

J-POPのグローバル化推進が活発化する中、ビクターは2026年5月、国内初の「地域特化型レーベル」プロジェクトを始動。第1弾として北九州市とタッグを組み「STEELING SOUND」レーベルを立ち上げた。小野氏は「エンタメの力を使って特定の地域の課題を解決するお手伝いができたらと考えた」と説明。北九州市の若者から「地元にいたいけれど、音楽を本気でやるには東京に出る必要があるのか」という声を聞き、地元にいながら音楽活動ができる体制作りを目指す。

今後は全国展開も視野に入れており、「ある地域から地元の伝統芸能の活性化について相談を受け、弊社でどのようなお手伝いができるか提案している」という。「イギリスにはリバプールサウンド、マンチェスターサウンドなど異なる色を持った音楽の街がある。日本もいずれそんな感じになると楽しい」と展望を語る。

海外展開については、インドネシアのフェスに協賛するなど具体的な施策を開始。「2年ないし3年でビクターならではの独自の海外展開のノウハウを築く」ことを目標に掲げ、YouTubeの多言語化やWikipediaの外国語対策などインフラ整備にも注力する方針だ。

契約形態の変化とAI活用

個人でも制作・配信が可能な時代に、メジャーレーベルに所属する意味について小野氏は「配信は便利だが、配信しただけではリーチしないものはしない。戦略が必要で、ノウハウを持っているメジャーとして手伝えることはたくさんある」と強調。一方で「これからの時代はアーティストとレコード会社の契約形態は変わっていく必要がある」とし、従来型の専属契約から、相互協力による価値の最大化とシェアを重視した柔軟な契約へと移行する考えを示した。

AIやテクノロジーの進化については「AIをどうやって楽しく面白く使っていくかという視点が重要」と語る。「デジタルが出てきたときに人間の演奏は不要になるのかという議論があったが、今そんなことを考える人はいない。AIに人間の仕事が取って代わられるのではなく、どうAIを自分のクリエイティブに取り入れるか。そう考えたほうが楽しいし、実際そうなっていく」と展望する。

音楽の力で社会に貢献

「文化と社会に貢献する」を掲げるビクターは、音楽の力を福祉や教育など多岐にわたる分野で活用する取り組みを進めている。小野氏は「レコード会社の基本は才能を発掘し、いいものを作り、お届けすること。ただ、音楽やノウハウを食や健康産業など他業種と連携して活用すべき」とし、「他業種とのコラボでレコード会社の役割が拡張されれば、音楽業界全体も活性化する」と新たな可能性を模索する。

最後に小野氏は「新しい役割も含めて、シンプルな理念に基づいた結果がしっかり出せるよう、全社一丸となって取り組みたい」と締めくくった。