村下孝蔵さん命日「五月雨忌」にSNSで惜しむ声相次ぐ、46歳で早世から27年
村下孝蔵さん「五月雨忌」SNSで惜しむ声27年

「初恋」「ゆうこ」「踊り子」などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライターの村下孝蔵さんが、1999年6月24日に46歳の若さで亡くなってから27年が経過した。命日となる6月24日、SNS上では「村下孝蔵が亡くなってもう27年?本当、惜し過ぎる。ギターメチャクチャ上手かったのが印象に残っている」「七夕コンサートのチケットがお別れ会の入場券になってしまったあの時が今も忘れられない」「あれから27年経ったか…これからも村下さんの曲は聴き続けますよ」「村下孝蔵さんが亡くなって27年経つのか…早い」「まだ生まれてないけど、村下孝蔵の曲は本当に心に響くね」「村下孝蔵さん。…早過ぎる」など、その早すぎる死を惜しむ声が数多く寄せられている。

村下孝蔵の生涯と音楽への道

村下孝蔵さんは1953年2月28日、熊本県水俣市に生まれた。中学時代にエレキギターブームを経験し、ベンチャーズと、実家の映画館で観た「エレキの若大将」加山雄三に強い影響を受けてギターを始めた。水泳で実業団に進むが後に退社し、音楽の道へ進む。ピアノの調律師の仕事をしながら、1979年に「第1回CBSソニーオーディション」で中国地区の最優秀アーティストに選出された。

1980年5月にデビューシングル「月あかり/松山行きフェリー」を発売。1982年にリリースした「ゆうこ」が有線放送でヒットし注目を集め、翌1983年2月に5thシングル「初恋/丘の上から」をリリースして大ヒットを記録した。しかしハードスケジュールが原因で体調を崩し、多くのイベントや番組出演をキャンセル。その後は体調に留意しながらコンサート中心の活動にシフトした。

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突然の死とその後の影響

1999年6月20日、コンサートのリハーサル中に体調不良を訴え病院へ搬送され、6月24日、入院先の病院で高血圧性脳内出血のため46歳で死去した。死後、ラジオやテレビなど多くのメディアが追悼特集を組んだ。代表曲「初恋」は、平川地一丁目、Acid Black Cherry、島谷ひとみ、GOING UNDER GROUND、百田夏菜子(ももいろクローバーZ)、純烈、玉置浩二、山内惠介、吉岡聖恵(いきものがかり)など、さまざまなジャンルのアーティストにカバーされ、時代を超える名曲として歌い継がれている。

「初恋」の歌い出しにちなみ、ファンの間では命日は「五月雨忌」とも呼ばれている。2025年12月17日にはデビュー45周年を記念したアルバム『続・初恋物語〜村下孝蔵名曲集〜』(CD+Blu-ray3枚組)が発売され、新たなミュージックビデオも収録されるなど、今なおその音楽は多くの人々に愛され続けている。

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