歌手のジュディ・オングが歌手生活60周年を迎え、10月15日に有楽町の東京国際フォーラムホールAで記念公演を開く。節目を機に足跡を振り返った。
「周囲の皆さんに支えられた」
「家族、友人、スタッフやファン……。周囲の皆さんに支えられたからこそ、長い道を歩んでこられたと思います」と語る。木版画家としてもたびたび日展に入選し、国内外で個展を開く。「私にとって最高の趣味。版木に向かうと仕事の疲れも吹き飛びます」と話す。
芸能界入りのきっかけ
台湾生まれで、3歳で来日。9歳の時に劇団ひまわりに入団したことが芸能界との接点だった。「スターたちと会えると聞いて入ろうと思った。この世界でずっとやっていこうなんて覚悟はありませんでした」と笑う。1960年にドラマに出演したのを手始めに、テレビや映画の出演が殺到するようになった。
「とにかく撮影現場が楽しかった。そうなると、少しでもいい演技をと、気合も入る。次第にプロ意識が芽生えていきました」と振り返る。
台湾での成功と歌手としての歩み
最初は芸能活動に反対していた父も応援してくれるようになり、68年には故郷の台湾でもデビュー。以後、台湾での映画やテレビ出演が相次ぎ、スターの座を射止めた。これが90年代の中国進出につながり、中国語文化圏で大きな人気を得ている。
歌手としては66年にデビュー曲「星と恋したい」を出した。「正直言って、最初は俳優業の余技という意識でした。しかし、やっていくうちに歌の奥深さのとりこになりました。歌に描かれる3分間のドラマをいかに演じるかに、試行錯誤するようになりました」と語る。
「魅せられて」の大ヒット
75年の「愛は生命」がヒットした後、79年に出した「魅せられて」が120万枚を超える売り上げを記録。この曲のために自ら発案した、翼を広げたような衣装も大きな話題となった。日本レコード大賞に輝き、紅白歌合戦に初出場した。
「曲をいただいた時は、地声と裏声のスムーズな使い分けなど、とにかく難しい曲だなという印象で、大ヒットする予感などありませんでした。あえて理屈をつけると、池田満寿夫さんの『エーゲ海に捧ぐ』がベストセラーとなり、この年映画化もされた。エーゲ海を舞台にしたこの曲が時流に乗ったという側面はあるのでしょう」と分析する。
記念公演の内容
記念公演には、個人的にも親しい小林幸子と中村雅俊が共演する。自身の代表曲に加え、ゲストの持ち歌でデュエットも披露する。
「私自身の足跡にその時々の世相もまじえたトークと披露する曲が響き合い、お客さんと一緒にその間の歴史をたどれるようなコンサートにしたい。支えてくれた人への感謝を込めて歌っていくつもりです」と意気込みを語った。
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