「気づいたら飛び降りそうに」漫画家・樋口みみ「困難を漫画のネタに」
樋口みみ、孤独から飛び降りそうに 今は漫画で共感

漫画家の樋口みみさん(38)は、結婚を機に移住した台湾で孤独から命を絶ちそうになるほど思い詰めた経験がある。困難を乗り越えた今、自身の体験を基に漫画を描き続けている。

米国での子供時代

父の仕事の関係で、小学生の頃は米国で暮らしていた。現地校で英語が話せず友達の輪に入れなかったが、アニメ「美少女戦士セーラームーン」を描いたことで友人ができ、なじめるようになった。日本で高校を卒業後、米カリフォルニア州立大に進学して美術を学び、台湾からの留学生だった現在の夫(50)と出会った。

震災と台湾移住

大学卒業後に戻った故郷の福島で、東日本大震災に遭った。実家や家族に大きな被害はなかったが、周りには深刻な被害や原発事故の影響を受けた人がたくさんいて、心を痛めていた。2013年、結婚を機に台北に移住した。慣れない土地で中国語が話せず、友人もいない。頼りの夫は深夜まで仕事で不在。買い物に行っても言葉が理解できず、「当たり前にできていたことが何一つできない」と落ち込んだ。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

義母との関係と孤独

義母は英語で気遣ってくれたが、震災後の福島を「危険」と言ったり、「子供をもうける前に検査した方が良い」と言ったりして、悲しくショックだった。夫に義母に言われたことを話しても、「考えすぎ」と突き放された。「味方がいない」と孤独を感じ、「消えてしまいたい」と考えるようになり、移住から3か月後、気づいたら自宅の屋上から飛び降りそうになっていた。思いとどまらせてくれたのは、出国時に父がかけてくれた「いつでも帰ってくんだぞ」の一言だった。

言葉を学び、自信を取り戻す

これを機に、「台湾で自分の力で生きていけるようになる」と決め、中国語を必死に学んだ。言葉がわかると一人でできることが増え、自信がついた。義母に批判的なことを言われても中国語で返せるようになり、意思をしっかりと伝えて良好な関係を保てるようになった。

漫画で共感を呼ぶ

子どもが生まれ、少し余裕ができた頃、台湾での暮らしを題材に日本語の漫画を描き始めた。最初は「死を考えるほど思い詰めた」なんて描写してもよいのか迷ったが、ありのままを描いてSNSに投稿すると、「私も同じです」「読んで勇気が出ました」と、海外で暮らす人やつらい状況にある人たちからメッセージが届くようになった。「誰かの支えになっているのかも」と手応えを感じた。今も落ち込むことはあるが、「漫画のネタにしちゃえ」と開き直れる強さが身についた。

今後の思い

「息子たちも好きなことを見つけて、人生を楽しんでほしい」と樋口さんは語る。取材後記では、記者自身も韓国人の夫との結婚時に義母との関係に不安を抱えていたが、樋口さんの漫画にヒントを得たという。樋口さんは、義理の家族の言葉が理解できない状況では「誤解が生じやすかった」と振り返る。中国語が分かるようになって、「愛情の深さや私を思ってくれる気持ちに気付いた」という。かつて傷付いた言葉には、思い過ごしもあったのだという。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ