人気アイドルグループ「アンジュルム」でリーダーを務めた和田彩花さん(32)は、現役時代、世間から求められる「アイドルらしさ」に違和感を覚え、葛藤を感じていた。そのつらい経験を自身のエッセーで公表し、アートを武器に、自分らしくいられない社会への疑問を訴え続けている。
幼少期とアイドル活動の葛藤
幼い頃から、親のすすめで色々なオーディションを受けていたという和田さん。しかし、人前に出るのが恥ずかしく、ダンスや歌のレッスンに嫌々通っていた。自己主張ができない子供で、親に「嫌だ」と言うことができなかった。
15歳でデビューし、活動をしていく中で、アイドルとしての自覚が芽生えていった。私たちのために、どれだけ多くの人とお金が動いているのかを教えられていたので、適当に活動することはできなかった。握手会などで、大人のファンの反応を目の当たりにして、変に責任感が芽生えてしまい、やめるという選択ができない環境に置かれていたと振り返る。
アートとの出会いが変えた価値観
アートに出会ったのはそんな時期だった。仕事のために群馬の自宅から都内に通っていて、たまたま東京駅で時間ができたので三菱一号館美術館に立ち寄り、フランスの画家・マネの展覧会をみた。その後、大学に進学して美術史を学ぶなかで、絵画に描かれた女性像を、アイドルとしての自分に重ねるようになった。
多くの絵画に描かれている女性は、体の曲線が強調され、鑑賞者が見やすいように視線をそらし、受け身な印象を与える。でもマネの作品は違う。ピクニックの風景を描いた「草上の昼食」では、裸で座る女性が鑑賞者の方をまっすぐ、挑発的に見つめている。「こういう人になりたいと思いました」と語る。
当時のアイドル業界では、いいことと悪いことが完全に決まっていて、純粋で清楚で“アイドルらしく”していないと評価されなかった。仕事のない時も常に人の目を意識していて、どこで誰が見ているか分からないので、外でおやつを食べることもできなかった。でも、アートの世界はまったく逆で、みんな自由。自己主張や自己表現をしていいんだと、自分を肯定してくれたという。
エッセー連載で心を解放、新たな活動へ
2019年にグループを卒業し、1年半フランスに留学した。アイドル時代の価値観を一度手放した上で、それが何だったのかを見つめ直す時間を持つことができた。そして気づいたのは、アイドル時代の自分は、価値観を支配されていたということ。当時は違和感を覚えても、何がおかしいのか気づくことができなかった。
帰国後、ウェブマガジンでエッセーを連載しながら過去を振り返る中で、少しずつ心が解放されていった。アイドル時代から抱えていたうつ病についても書いた。最初は、応援してくれたファンの人たちの楽しい思い出の中に、自分の負の感情を加えてしまうようで、少し怖かった。でも最近は、隠す方が不自然だと思えるくらい、飾らない状態で仕事ができている。「本当の私を出した方が、ファンに対しても誠実だと思うようにもなりました」と話す。
今は、フェミニズムの視点からアイドルの働き方などについて発言したり、バンドで実験的な音楽を演奏したりしている。かつての私のように言いたいことを言えないでいる人たちに、アートの力を感じてほしい。そのための活動に、アイドルをしていたことで得られた影響力や発信力を生かしていけたらいいなと思っている。
取材後記とプロフィル
輝かしいアイドル時代の暗部と向き合い、つらかったと世間に打ち明けるのは、どれだけ勇気のいることだろう。当時を振り返る和田さんの口調は明瞭で、傷ついた自分自身にとことん誠実に向き合ってきたことが伝わってきた。開催中の前橋国際芸術祭では、11月8日に地元の中学生と即興の音楽ライブを行う。「自己表現を楽しんでもらえたら」。自身を変えた気づきを、若い世代に伝えたいという。
和田彩花さんは1994年生まれ。群馬県出身。2010年にアイドルデビュー。「アンジュルム」のリーダーを務め、19年に卒業。実践女子大学院博士前期課程(美術史学)修了。3月にエッセー集「アイドルになってよかったと言いたい」を刊行。4月に台湾人パートナーとの結婚を公表した。