芥川賞作家・柏原兵三が少年時代に疎開先の富山県入善町で歩いた「長い道」が、今も残っている。自伝的小説『長い道』(1969年)に描かれた田園風景は、80年余りを経てなお、その面影をとどめている。
『長い道』の舞台を歩く
柏原は10歳の時、東京から「父の故郷の北陸の海辺の村」へ縁故疎開し、終戦まで1年余りを過ごした。小説では、〈三粁近くある〉〈県道〉と記されるが、実際は約2キロの町道だ。田んぼや畑に囲まれ、まっすぐ伸びる道は、今も舗装されて残っている。
柏原の弟・兵五郎さんの妻の博子さん(79)は、当時の家の場所を案内してくれた。家は海からすぐの父の生家で、建物はもうないが、少し離れた場所に移り、博子さんが家を守っている。
映画『少年時代』の世界
この小説を原作にした1990年公開の映画『少年時代』は、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、篠田正浩監督も最優秀監督賞を受賞した。井上陽水の同名の曲が流れるラストシーンで、列車の窓から手を振る主人公と追いかける土地の子との別れは、多くの人の心に残る。
柏原は1972年、38歳で脳出血のため亡くなった。存命なら今年で93歳だった。
黒部川が育む水の恵み
入善町の大部分は、黒部川が形成した「黒部川扇状地」に含まれる。この地域では、黒部川の表流水、地下水、富山湾の海洋深層水と3種類の水が確保でき、地下水は「名水百選」に選ばれている。「高瀬湧水の庭」には名水を求めて住民や観光客が訪れる。
海に近い「杉沢の沢スギ・沢スギ自然館」は、国の天然記念物に指定されている。元小学校の校長・本瀬薫さん(85)は「黒部川の洪水で扇状地ができた時に山から流れ着いたスギをはじめ、多様な植物と生き物が湧き水のおかげで共存している」と説明する。
町は400メートル以深の海洋深層水を取水し、「海洋深層水パーク」で水産業振興や企業誘致に役立てている。民間企業の「海洋深層水かきセンター」は、全国から仕入れたカキを浄化・蓄養し、パーク内のレストラン「入善牡蠣ノ星」で味わえる。
地場食材を生かすカフェ
町役場近くのカフェレストラン「グラチネ」では、オーナーシェフの河内利江さん(45)が地元の食材にこだわった料理を提供する。白ワインが香る「フルーツグラチネ」(700円)は、旬のイチジクや急速冷凍したイチゴなど入善産の果実がたっぷり入っている。
町名産の「入善ジャンボスイカ」は、ラグビーボールのような楕円形が特徴で、平均で長さ40センチ、直径30センチほど。大きいものは重さ30キロを超えるという。旬の季節ではなかったが、観光案内所にある実物大のレプリカで大きさを実感できる。
ルートは、北陸新幹線で東京駅から黒部宇奈月温泉駅まで約2時間半、そこから車で約15分。糸魚川駅か富山駅で在来線に乗り換えれば、あいの風とやま鉄道・入善駅まで約40分。