美貴子たちが内地を旅したこの年の九月、満州事変が起こった。奉天近郊で起きた南満州鉄道の爆破事件をきっかけに、日本軍(関東軍)が暴走。関東軍はこの爆破事件を中国軍の仕業として、攻撃を開始した。こうした日本軍の行動は、軍を指揮する権利を持つ天皇や日本政府にも無断で起こされたことだった。
軍の暴走と戦時体制への道
その後も日本軍は軍事行動を続け、約五カ月ほどで満州全域を占領、天皇や政府でさえ、軍の行動をコントロールできなくなっていった。以降、日本は急速に戦時体制への変化をとげていく。
父の突然の帰国宣言
「美貴子の進学をきっかけに日本に帰ろう」
ある日、父が家族の前で言った。「え、日本へ? どうして」と問う美貴子に、父はいずれ日本と中国との戦争になるから、とは言えなかった。近い将来、両国が衝突し、たくさんの血が流れることも、それに家族を巻き込むことも、もうこれ以上、中国から主権や権益、さまざまなものを奪うことも、日本のほうが中国よりも上の位置にあると思いながら生きていくことも、父のなかでは納得のできないことだった。
大連という町を愛していた。けれど、いつ、この町が戦いの舞台になるかもわからない。妻には本心を話してはいたし、心のなかでは「一刻も早く日本へ」と思っていたが、子どもたちには不安を煽るようなことを言いたくはなかった。
大連への愛着と不安
「大連で仕事をやり尽くした。日本で少し骨休みをしたいと思っていてね」
確かに最近の父は、疲れた顔をしていることが多かった。でも、今さら日本へ? そう思えば、美貴子の心に不安が広がる。修学旅行で見た日本は、思い描いていたような夢の国ではなかった。埃っぽいあの空気、無彩色の家々、暗くて寒いお勝手……。
広い空と海、澄んだ空気、童話に出てくるようなパステルカラーの西洋建築に囲まれたこの大連でいつまでも暮らしていけると思い込んでいた。