茨城県水戸市にある明利酒類が、60年ぶりにウイスキー造りを復活させた。2022年に同社の一角に高藏蒸留所を開設し、独自の酵母や県産モルトを使ったフラッグシップ商品「高藏リボーン」を発表している。
曽祖父が始めたウイスキー造り
明利酒類は、安政5(1858)年に越後から筑波山麓の城下町・水戸へ移り、清酒造りを始めた蔵だ。案内してくれた加藤喬大さんによると、曽祖父の加藤高蔵さんが昭和27(1952)年にウイスキー造りを始めたという。高蔵さんは「水戸から世界へ出る」という志のもと、酵母開発や蒸留技術の研究に着手していたが、その10年後に不慮の火災で醸造施設が焼失し、以来60年間ウイスキー造りを断念していた。
復活への道のり
東京での大学進学を経て大手広告代理店で営業職として活躍していた喬大さんは、2020年に家業を継ぐために水戸へ戻った。コロナ禍で活力を失いかけていた酒蔵を支えたいとの思いからだった。すぐにウイスキー事業に着手したわけではなく、まずはウォッカやジンを作っていた免許と蒸留技術を活用し、消毒用アルコールを製造・販売した。これが20万本も売れたことで一息つき、次のステップを考える余裕が生まれたという。
その後、社内資料でかつて同蔵が「ミトカウイスキー」のブランドでウイスキー造りをしていたことを知り、復活に着手した。技術部長と共に全国の蒸留所を巡り、「自分達でしか生み出せないウイスキーとはどんなものか」を模索したという。
独自の酵母と原料
その答えの一つが、長年続けてきた酵母の研究開発にあった。明利酒類は昭和43(1968)年に小川酵母(協会10号酵母)の培養に成功し、その後も変異株を培養してM310酵母を開発するなど、酵母研究に注力してきた。喬大さんは「ならば自社でウイスキー酵母を作ろうと、酵母を調べ、今年の1月から使用を始めました。酵母の量を通常の3倍に増やし、発酵期間も1週間と長くするなど、今も独自のウイスキー造りを模索しています」と話す。
原料となるモルトも2025年から茨城県産を使用している。熟成においては、日本ならではのミズナラ樽のほか、70年前から作り続けている梅酒がしみ込んだウイスキー樽も使っているという。満を持して発表したフラッグシップ商品は「高藏リボーン」で、甦った味わいを自身で感じてほしいとしている。



