「あかり、信じてるからな」という言葉とともにSNSで紹介される料理写真に、見覚えのある人は多いだろう。料理家・長谷川あかり氏の初エッセー集『タコ セロリ アボカド』(文芸春秋、1760円)が刊行され、早くも3刷、1万3000部を記録している。
簡単さと手間の絶妙なバランス
長谷川氏のレシピは、簡単さと手間のバランスがちょうどよく、疲れた日でもおいしいものを食べたいという欲求に応えてくれる。SNSでこれほど「信じ」られている料理家は珍しいという。
初エッセーに込めた葛藤
本書には、著者の思い出にまつわるレシピも収録。特に最後の「誰のために作るのか」と題したエッセーでは、新進気鋭の料理家としての葛藤が綴られ、他のエッセーやレシピ本とは一線を画す内容となっている。
家庭料理は長らく女性の性的役割とされてきたが、専業主婦が減少する現代では、自炊を女性の仕事とするのはナンセンスだ。一方で、料理はサービスとしての側面も持ち、「誰かのために作りたい」という感情が女性を家庭に縛り付ける可能性も指摘される。料理家という肩書きと現代を生きる女性としてのアイデンティティの間で板挟みになる著者の声が、本書では率直に吐露されている。
自炊がもたらす解放と慈愛
かつて土井善晴氏は「一汁一菜」で家庭料理の簡便化を提唱し、台所から女性を解放した。長谷川氏はさらに、解放と同時に消費社会へ駆り出された人々に、慈愛と自愛としての自炊を提案する。特別な一品ではない、日々の食事を作ることに、ほんの一炊分でも考える時間を与えてくれる一冊だ。
書評を担当した作詞家・小説家の児玉雨子氏は、「今晩もあかりを信じて大好きな秋レシピ『さんまの酒蒸し』を作ろうかな」と締めくくっている。
長谷川あかり氏は1996年生まれ。子役、タレントとして活躍後、結婚を機に芸能界を引退し、現在は料理家・管理栄養士として活動。著書に『クタクタな心と体をおいしく満たすいたわりごはん』などがある。