テレビ東京で8月11日午後0時55分から、『池上彰の戦争を考えるSP2026』が放送される。
戦争から81年が経過し、戦争の残酷さや虚しさ、平和の尊さを「自らの声」で伝えてきた証言者たちが、一人また一人と姿を消している。今年で17回目を迎える同番組では、基本コンセプトに立ち返り、池上彰氏とともに、消えゆく個人の「記憶」を風化させない客観的な「歴史」へと昇華し、未来へ語り継ぐ役割を担う。
無言館に刻まれた声なき声
長野県上田市にある「無言館」には、戦没画学生たちの絵画が展示されている。自身も戦争体験者である窪島誠一郎館長が絞り出す言葉、そして戦場へ散った画学生たちが命の灯火を燃やして遺した絵画の数々。そこには、奪われた輝かしい未来と、声なき声が刻まれている。語り部が消えゆく世界で、私たちはどうやって戦争の悲劇を知ればいいのかを考える。
池上彰氏のコメント
池上彰氏は、無言館について「戦争中に絵筆を捨て戦地へ行き、戻ることのなかった画学生たちの残した絵が多数展示されています。無言館の名の通り、絵は何も語ってはいません。しかし、そこに立ち、絵を見ることにより画学生たちの辛く悔しい思いを知ることができます。絵が語らずともたくさんの言葉を聞くことができる、そう感じました。ぜひご覧ください」とコメントを寄せている。
プロデューサーが語る制作の裏側
プロデューサーの金山円氏は、今回のロケで池上さんが思わず足を止めた絵として、中村萬平さんが描いた『霜子』を挙げる。そこには、まっすぐな眼差しでこちらを向く一人の女性が描かれていた。彼女は萬平さんの妻であり、そのお腹には新しい命が宿っていた。萬平さんは出征する際、「霜子よ、養生して立派な子を産んでくれ」と祈るような言葉を残したという。
その後、霜子さんは無事に長男を出産したものの、産後の肥立ちが悪くそのまま他界。戦地でその悲報を受け取った萬平さんもまた、あとを追うように戦病死した。わずか26歳だった。東京美術学校で油画を学び、これからという若者の命だった。
金山氏は「もし、あの戦争がなかったなら。萬平さんはきっと、愛する霜子さんと、健やかに育つ長男の姿を、何度も何度もキャンバスに描いていたはずです。しかし、その未来は一瞬にして奪われました。無言館に並ぶ、戦没画学生たちの遺作。それは戦争によって未来を奪われた若者たちの『生きたかった』という叫びです。戦争体験者が少なくなっていく中、私たちはどうやってその理不尽さを語り継いでいけばいいのか。そのひとつの答えが無言館にあると思うのです」とコメントしている。



