8月8日、全国から集まった親子記者との顔合わせを終え、湯沢市から参加した小学4年生の鈴木アヒナ・エマさん(10)と母親の麻由さん(38)はまず、長崎原爆資料館に向かった。
資料館の演出と展示に触れる
資料館は、らせん状のスロープを下って入り口にたどり着く構造になっている。壁面には西暦が記され、現在から原爆が投下された1945年8月9日にさかのぼっていくような演出がある。「(横手市の)まんが美術館みたいだね」と笑顔で下っていたエマさん。そのまま薄暗い館内に入っていくと、徐々に表情が変わった。
原爆がさく裂した午前11時2分で止まった時計や折れ曲がった火の見やぐら、被爆して倒壊・焼失した浦上天主堂の再現模型――。じっと展示を見つめながら、鉛筆でノートに「ばくはつでてつが曲がっている」と感想を書き込んだ。
原爆の威力を実感
しばらく足を止めたのは長崎に投下された原爆を再現した模型だ。周囲の火薬でプルトニウムに圧力をかけて、核分裂を起こす仕組みをイラストとともに丁寧にメモした。
その後も衝撃的な展示が続く。原爆による高熱で溶け、複数のガラス瓶が一つの塊になったさまに目を見開いて「グミみたいになっているね」とつぶやいた。大やけどを負った少年の写真を見ては「せなかがまっ赤っ赤」とメモをとった。高熱で表面が沸騰してザラザラした瓦には麻由さんと手を重ね、肌で原爆の威力の大きさを感じ取った。
現代の核兵器への関心
展示の終盤に「現代の核兵器に関する情報」と題したコーナーがある。米国の約5042発など各国が保有する核弾頭の数や核実験の回数が、世界地図や地球儀を使い表現されている。
「ハワイはどこにあるかな」と言って地図に目をやった。この夏、自らが訪れた場所に興味を示しながら、「ばくだんを落とした」「じっけんのため」と記した。1発の原爆が長崎にもたらした影響を肌で感じた後、現在の核兵器を取り巻く世界の状況に驚いた様子だった。
追悼イベントへの準備
資料館を見学した後、9月の追悼イベントでともされるキャンドルに色づけする時間が設けられた。色ペンを手に持つと、迷うことなく、原爆の構造や折れ曲がったメガネのフレーム、キノコ雲など資料館で目の当たりにした惨状を描いていく。「原爆が使われるとこうなっちゃう」とエマさんは真剣なまなざしでつぶやいた。81年前、今いる長崎に何が起きたのか、少しずつ理解し始めていた。



