美空ひばりさん、療養後の手紙と色紙を初公開「不死鳥物語」放送
美空ひばりさん、療養後の手紙と色紙を初公開「不死鳥物語」

歌手・美空ひばりさんの人生を追うBS12『船越英一郎の昭和再生ファクトリー』の特集「美空ひばり Part2『不死鳥物語』」が、10月1日午後9時から放送される。番組では、4か月に及ぶ療養を経てひばりさんが後援会に送った手紙と色紙を初公開。苦難の中でも歌い続けた“人間・美空ひばり”の姿を関係者の証言とともに描く。

療養後の手紙と色紙を初公開

番組は2週連続の美空ひばり特集の第2週。20代後半から晩年までを振り返り、長男の加藤和也氏、後援会関係者の網中紀子氏、ギタリストの湯藤温夫氏、元日本コロムビアディレクターの宅間正純氏、プロデューサーの石井ふく子氏らが登場する。

特に注目されるのが、昭和62年にひばりさんが療養を終えた後、後援会運営を担っていた網中氏に送った手紙。加藤氏によると、手紙には体調を崩したことへの謝罪とともに、それでも立ち直り、再びファンを喜ばせる舞台に立つという強い思いが込められていたという。色紙には「一生感動」と記されていた。

関係者が語るひばりの素顔

加藤氏は「まだ情報解禁前の東京ドームコンサートを意識し『きっと喜ばせる』という決意表明だったのだと思います」と振り返る。さらに「いつもファンを最優先する母でした」と語り、ファンと仕事に向き合ったひばりさんの姿を明かす。

4000回以上ステージを共にした湯藤氏は、ひばりさんから演奏について意見されたことは一度もなかったと証言。「今でも私の軸は、ひばりさん。いつまでも」と語り、日本武道館コンサートでの「悲しい酒」も紹介される。

晩年の楽曲を担当した宅間氏は、ひばりさんについて「非常に楽な人だった」と回想。新曲を提案しても意見や否定をされることはなく、仕事のプロを信頼していたという。一方で、シングル候補だった曲を変更し、「『川の流れのように』にしてもらいたい」と本人が希望したエピソードも明かされる。

秘蔵映像と手紙の全文

番組では『川の流れのように』『愛燦燦』『みだれ髪』などの楽曲に加え、テレビ初公開となるジャズ歌唱の秘蔵映像も放送。ジャズの4ビートを歌うひばりさんの音楽性にも迫る。

また、ひばりさんと深い交流があった石井氏は「こんなに性格のいい人はいない。こんなにいい人はいない」と語り、プロとしての姿勢や舞台に懸ける思い、人柄を振り返る。

加藤氏は今回の特集について、「記録の中の美空ひばりではなく、皆さんの言葉を通して一人の人間としての母の姿が浮かび上がります」とコメント。「何度苦難に遭っても立ち上がって歌い、人を信じ、ファンと家族を愛した。そんな生き方が、仕事仲間の皆さんに“不死鳥”と呼んでいただいた由縁だったのだと思います」と語っている。

手紙全文

此度私の入院中には色々と涙の出るほどのお見舞いのお便り、千羽鶴、数限りなき暖い愛を病床にて嬉しく拝見致して居りました。思い起こせば九才の私が四国大杉でのバスの事故で九死に一生を得て四十年、自分の選びました道をただひたすら走って参りました。でもその気力と体力とが四十一年目にして、この様な結果を生みました事は、私の不注意の罰と受け止めて居ります。何よりもファンの皆様に悲しい思いをさせました事、申し訳なく思います。このつぐないは、やはりひばりが再び元気な姿でもう一度皆様の前で歌うことだ!! と、毎日私の頭の中でその姿を思い浮べて居ります。御存知の通り、先日のレコーディングも無事終り、ワンステップ!!自信が少し出て来ました。後は、皆んなで頂けるお仕事を一つ一つ用心深く、消化してゆくつもりです。六十三年度は、こんな形になってしまい残念ですが、又今度こそ翔ばたき始めるひばりは、もう誰れも追いつけない!!大きな覚悟でスタートしなければ、私を愛し今日まで守って下さったファンの皆さんに叱られてしまいますものネ!!そんな頑張り屋のひばりが皆さんは大好きなのではないかと思います。きっと…きっと…ひばりは決して裏切ることはないでしょう。その事を胸に刻みながら毎日治療に専念して居ります。今、私の好きな言葉をお知らせして筆をおきます。「一生感動!!」六十三年度のひばりをお待ち下さい。美空ひばり昭和62年11月2日