太宰治の絡み酒と「推し活」ならぬビール150本
文豪たちの知られざる素顔を追い、銀座の街を歩く。写真家・林忠彦が撮影した太宰治の写真には、酒場「ルパン」での有名な一枚がある。しかし、その裏には驚くべき逸話が隠されている。ある日、太宰治が「推し活」と称してビール150本を飲み干し、酔った勢いで林に「俺も撮れ」と絡み酒を仕掛けたという。太宰は林のカメラを向けられると、満面の笑みでポーズを取ったが、その直後には酔って寝てしまった。
林忠彦が撮った太宰と織田作之助の死、そして弟子の自殺
林忠彦は太宰治や織田作之助をよく撮影していた。しかし、1948年に織田作之助が結核で亡くなり、さらに翌年には太宰治が死去。林は自分が撮った二人が早くに死んでしまったことにショックを受け、もう「ルパン」では写真を撮りたくないと思うようになった。そんな中、「太宰さんと同じルパンの椅子で撮ってくださいよ」と頼む男が現れる。太宰治の弟子の一人、田中英光だった。林は「縁起が悪いから勘弁してほしい」と断るが、田中は「じゃあ、ルパンでなくてもいいから、とにかく太宰さんのようにカウンターで飲んでいるところを撮ってほしい」と譲らない。あまりにしつこいので、新橋の烏森神社近くのバーで撮影することに。撮影後、満足そうに「これでもういつ死んでもいいや」と言った田中英光は、それから間もなく太宰の墓の前で睡眠薬アドルムを300錠と焼酎1升を飲み、手首を切って自殺した。
三島由紀夫が「最後の晩餐」に選んだ店「末げん」
銀座から数分歩いたところにある鶏料理屋「末げん」は、三島由紀夫が市ヶ谷で事件を起こす前日の夜に、最後の晩餐に選んだ店である。「末げん」はもともと三島の父親が贔屓にしていた店で、三島が子供の頃から家族で通っていた。三島は自決する4日前にも家族で「末げん」で食事をしている。それほど三島にとって「末げん」は特別な場所だった。三島が最後に味わった鶏鍋のコースは今でも注文できる。ランチメニューには、地養鶏と合鴨をブレンドしたひき肉を使った「かま定食」が名物だ。
女将に残した言葉の真意
盾の会メンバー4人と共に食事をした三島由紀夫は、帰り際に女将に「またお越しくださいませ」と言われると、「また来いって言われてもなあ。こんなに綺麗な女将がそう言うならあの世からでも来るか」と、なんとも言えない表情で答えた。女将はその時は「何を言ってるのか?」と意味が分からなかったが、翌日の報道を見て全てを理解した。この時、三島の対応をした女将は今でもご健在で、つい昨日のことのように当時を語ってくれる。
銀座に残る文豪たちの足跡
銀座という街には、老舗の飲食店だけでなく、当時のままの建築や歌碑、史跡が今も数多く点在し、まるでタイムカプセルのように往時の面影を色濃く残している。文豪たちが事件を起こした現場を巡りながら、彼らも利用したカフェで一服する、そんな週末の過ごし方はいかがだろうか。いつもの街並みが、少し特別な景色に変わって見えるかもしれない。



