破天荒な建築家・吉島忠男氏の情熱、資料保存へ 建築家が語る
破天荒な建築家・吉島忠男氏の資料保存への取り組み

大阪湾全体に十字形に架かる巨大な橋や、空中回廊でつないだ高層ビル群――。そんな破天荒な建築や都市のビジョンを60年前に示した建築家がいた。一般にはあまり知られず、実現した建築も少ないが、その情熱を今こそ伝えたいという。図面やスケッチなどの保存に取り組む建築家・建築批評家が語る。

7代目休兵衛・吉島忠男さんが遺したもの

建築家で7代目休兵衛こと吉島忠男さんは、今年1月に86歳で亡くなった。彼の建築のビジョンを示した図面やスケッチなどの資料をいかに残すか、関係者と検討が進められている。

建築家の作品は、創造的であると同時に、土地や環境、施主の意向、予算、法規制など、現実にクリアすべき条件が多い。また個人の住宅から公共建築、国家プロジェクトまで規模もコンセプトも様々で、求められる「うまさ」も異なる。そうした中で建築家の多くは実現性を考慮して折り合うが、吉島さんは妥協しなかった。破天荒なイマジネーションを大切にし、建たなかったとしても、既存の建築の概念に一石を投じる「うまさ」があったという。

旧家の生まれ、苦労した少年時代

吉島さんは岐阜県高山市で酒造業などを営んだ旧家の生まれで、休兵衛は代々の当主の名跡。ただ少年時代には実家が傾き、大学進学などに苦労した。語り手は仕事を通じて知り合い、国の重要文化財に指定された町家造りの実家も訪れたという。

突き抜けた構想力の持ち主だった吉島さんの資料を、今後どのように保存・公開していくのか。関係者による検討が続いている。