その夜、寝静まったホテルの赤い絨毯に小さな影が二つ落ちた。玄関ホールから続く大階段の先の、格式高い部屋が並ぶ廊下を鼠と煙は足を忍ばせて歩いた。
鍵穴の香りが導く
鼠は客室扉の鍵穴に鼻を近付けて順番に嗅いでいった。長く延びた廊下の中ほどで「ここだ」と呟く。
「鼻がいいね」と煙が感心した声をあげる。
「そうでもない。この部屋だけちょっと違う。この袋と同じような香りがするんだ」
鼠はポケットから赤い紐のかかった巾着袋を取りだした。
孔雀の部屋
「孔雀の部屋」と言って、煙は鍵束から鍵を一本取りだした。房飾りのような長い尾羽を持つ鳥の装飾が入っていた。鳥は長い首をしならせ、翼を広げて片脚を曲げ、今にも踊りだしそうに見えた。
「この部屋は屋敷だった頃は書斎だったみたいで、東洋の美術品が飾られているんだ。目をとじて」
煙が手で鼠の両目を覆う。
「目をとじて、暗闇に慣れてから部屋に入るんだ。そうしたら、明かりが消えていても見える」
鼠は「わかった」と煙の手を押しのけて目を瞑った。傍らにいるはずの煙の気配がふっと消えた気がして、慌てて目をひらく。鍵を手に客室扉に向き合って目をとじている煙の姿があった。その時、鼠は気付いた。
こいつは匂いがないわけではない。ホテルとそっくり同じ匂いなのだ。ホテルの空気に完全に溶け込んでいる。
鼠はホテルの廊下にいる自分が、煙にすっぽり包まれているかのような奇妙な気分になった。しかし、今は孔雀の部屋だ。鼠はぎゅっと目を瞑りなおした。
静寂の侵入
部屋の中はフロアランプの橙色のぼんやりした灯りが点っていて、歩くには困らない暗さだった。ただ、どんなにそっと足を運んでも、飴色に輝く木象嵌の床が鳴る。鼠は家具の下の絨毯を踏んで進んだ。どういう歩き方をしているのか、煙は少しの足音もたてなかった。



