連載小説「スモーキングルーム」第74回が公開された。作者は千早茜。今回の物語は、ホテルの門番を務める鼠が、東洋人の貴婦人について蝙蝠から話を聞く場面から始まる。
東洋の貴婦人とホテルの歴史
鼠が拾った巾着袋をポケットから取り出そうとシルクハットをかぶると、蝙蝠が早口で遮った。亡くなった夫が貴族で、このホテルの常連だったという婦人について、「東洋の小さな貴婦人」と社交界で有名だったが、先の大戦で彼女の故郷が敵国だったため、嫌な思いもしたらしいと説明する。総支配人が応対しているという。
「ここでは関係ないっていうのに」と蝙蝠は言う。鼠は「ホテルは世界に開かれている」という言葉に、世界の金持ちにだろうと思ったが、口には出さなかった。
厨房の喧騒と地下への道
蝙蝠は脳の病気で体が不自由な婦人を見かけたら丁重にもてなすようにと念を押し、鼠を外に残して回転扉へ消えた。鼠は門番の小屋へ戻るよう言われたと理解し、雪を払ってホテルの裏口へ向かう。
夕食前の厨房は蜂の巣を突いたような騒がしさだった。料理長は気付かず、ジャム瓶は鼠にパンの切れ端を投げ寄越した。鼠は賄い用の大鍋からスープを深皿によそい、スプーンとパンを突っ込んで地下へ降りた。従業員の休憩室にジャケットをかけ、総支配人の部屋の扉を叩く。
「どうぞ」と静かな声。煙が一人で部屋にいて、簡素な机で書き物をしていた。ノートには鼠には読めない単語が並んでいた。



