満州の新京で少女時代の崎山さん96歳 高知市のオーテピアで講演 学徒動員やソ連参戦の混乱語る 「平和」の意味を問う
満州の新京で少女時代の崎山さん96歳 高知市のオーテピアで講演 学徒動員やソ連参戦の混乱語る 「平和」の意味を問う

1日、高知市の複合施設「オーテピア」で「高知市平和の日」記念事業の講演が開かれ、満州(現中国東北部)の新京(現長春)で少女時代を過ごした崎山さんが当時の生活を語った。1年生の1937年に日中戦争が始まり、5年生頃から物資不足が目につき始めた。弁当は「日の丸弁当」以外は禁止され、高等女学校では英語の授業はなく、中国語を学んだ。

校内で縫った白衣は戦死者に

高等女学校2年生になると、校内で縫った白衣は戦死者に着せるものだった。3年生の5月は兵器廠で弾丸を詰めたり、銃を磨いたりした。6月からは「気球づくり」に携わり、腕のやけどや肩こり、腰痛があり、母に「何してるの」と聞かれても作業は極秘。崎山さんも詳しいことは何も知らないのに、背広姿の私服憲兵に尾行され、詰問されておびえた。

ソ連参戦、青酸カリを握りしめ

1945年8月9日未明のソ連参戦で、新京は初めて空襲を受けた。ある日、庭でトマトを取っているとソ連兵が入って来た。物置に逃げ込み、母から渡された青酸カリを握りしめ、息を潜めた。

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「平和」の意味を問いかける

崎山さんは「戦争が起きると、子どもはいつもおなかを減らしている。運動靴が欲しい子がクラスに十数人いても、5足しか割り当てがなかった」と話し、何げなく口にする「平和」の意味を問いかけた。講演では「戦争が起きると日常がどうなるのか想像してほしい」と呼びかけた。

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