イタリアが世界に誇るスクーター「ベスパ(Vespa)」が2026年4月23日に誕生80周年を迎え、それを記念して6月27日、首都ローマで大規模なパレードが開催された。主催者によれば、世界中から約2万5000台のベスパが集結し、伝統のエンジン音が「永遠の都」に響き渡った。
熱波をものともせず、熱狂のパレード
ヨーロッパを襲う厳しい熱波による猛烈な暑さの中、参加者たちはライダースジャケット姿の熱心なファンからTシャツ姿の気軽な参加者までさまざま。独特の2ストロークエンジン音がローマ市内を埋め尽くした。パレードは、スポーツ複合施設「フォロ・イタリコ」に設置された「ベスパ・ビレッジ」を出発点とし、市内を巡るルートで最高潮に達した。
世界各地から集まったベスパ愛好家
米国テキサス州在住のデビッド・バアモンデさんは、AFPTVの取材に対し、「ベスパをわざわざ米国から持ってきた。ドイツを旅し、ウィーンを経由して、そこからオーストリア、そしてローマまでベスパを走らせて2週間かけてここに来た」と語り、その熱意を示した。イタリア人のアンドレア・ムスコさんは、「僕にとってベスパは生き方そのもの。気ままに生き、その瞬間を楽しみ、景色を発見する。まさにライフスタイルなんだ」とその魅力を語った。
ローマ市長も称賛「イタリアの復興の象徴」
ローマのロベルト・グアルティエーリ市長は、「第2次世界大戦後のイタリアの誕生と発展に寄り添ってきたベスパの歴史は、ある意味でわれわれの歴史、そして文化を象徴するアイコンだ」と称賛。さらに、ベスパを「戦争から立ち上がり、復興を遂げようとするイタリアのシンボルだった」と評し、ピアッジオ社が記念イベントの舞台にローマを選んだことを「誇りに思う」と付け加えた。
映画とともに歩んだベスパの歴史
映画『ローマの休日』や『甘い生活』といった不朽の名作に登場するベスパは、ローマと長年深い絆で結ばれてきた。グアルティエーリ市長は、「ベスパの80年の物語を語ることは、ローマがいかにして世界のイマジネーションを、特に映画を通じて魅了してきたかを語ることでもある」と述べ、ベスパとローマの文化的結びつきを強調した。
ベスパの誕生と進化
イタリア語で「スズメバチ」を意味するベスパは、1946年4月23日、ピアッジオ社がイタリアで最初の製造特許を出願したことで誕生。現在もトスカーナ州ポンテデーラ工場で生産が続けられている。丸みを帯びたライン、鮮やかなカラーリングのスチール製ボディ、ハンドルバーに取り付けられた丸いヘッドライトが特徴で、一目でそれと分かるデザインは今も愛好家を魅了している。
社会的意義と大衆の移動手段
ピアッジオのマッテオ・コラニーノ会長は、イベントの発表記者会見で、ベスパの歴史は「戦後から脱却して進みたい、復興したいと願った国の歴史とも深く関係している」と説明。さらに、「この願いは、単に物理的な移動だけを意味するのではない。経済的な躍進、そして何よりも社会的なステップアップ(階層移動)への原動力でもあった」と語った。また、「今日、ベスパは世界的な現象となり、1946年以来の累計生産台数は2000万台に達しようとしている」と明らかにした。
イタリア首相も祝福
イタリアのジョルジャ・メローニ首相も25日、首相府の応接室で白いベスパにまたがる姿が写真に収められ、この名車を「優れた工業製品」だけでなく、「世界で最も愛されているイタリアのアイコンの一つであり、イタリアの創造性とスタイルの象徴」として称えた。
参加者の声「ベスパは特別」「伝説」
米国から訪れたアンドリュー・ウォードさん(57)と姉のジュリー・ストーバーさん(63)は、パレードに参加するためにローマでベスパをレンタルした。ウォードさんは「人生を通じてずっとスクーターやバイクに乗ってきたが、ずっとベスパが欲しかった。今では2台持っている!」とAFPに語った。ストーバーさんも「とても高品質なスクーターだし、一種のステータスもある。上品でしょう?街でよく見かける安物のスクーターとは違う。ベスパは特別」と笑顔を見せた。
ベルギーから地元クラブの仲間と参加したフランコ・ガウディーノさん(52)は「これはもはや伝説だよ」とコメント。フィリピン出身のイラック・ディアスさん(52)は、「ベスパの素晴らしいところは、友情をもたらしてくれること」だと話し、「ベスパを停めれば、どこでだって人が集まってきて友達になれる。だから、ベスパは大きな家族のようなものさ」と締めくくった。(c)AFP/Juliette RABAT



