サイパン島で発見された旧日本兵の認識票、その持ち主を探す歴史的調査
太平洋戦争の激戦地として知られるサイパン島で、旧日本兵のものとみられる「認識票」が発見され、その持ち主を特定するための調査が進められている。この認識票は、サイパン在住の高橋香織さん(54)が現地の人から託されたもので、東京新聞が昨年12月14日に報じたことをきっかけに、歴史研究者からの連絡が寄せられた。
認識票の謎を解く鍵となる番号と研究者の尽力
認識票には「一一九三四」「二三」「番九九」という番号が刻まれている。部隊番号「一一九三四」から、サイパン戦の主力だった陸軍第43師団の歩兵第135連隊所属であることが判明した。しかし、個人を特定するにはさらなる情報が必要だった。
記事を読んだ日系カナダ人で愛知県長久手市在住の歴史研究者、安達オースティンさん(27)が調査に乗り出した。安達さんは国立公文書館(東京)で第135連隊の「留守名簿」を発見し、約850ページに及ぶ名簿を複写。この名簿には連隊所属の約4000人の名前、本籍、個人番号が記載されていた。
名簿分析から浮かび上がる兵士の姿
安達さんは、認識票の本部中隊番号「二三」と個人番号「九九」に合致する人物を探す作業を開始。名簿の分析から、第135連隊に所属する部隊には1から24の番号が割り当てられていたが、「砲兵大隊本部」「工兵中隊」「補給中隊」だけ数字の記載がないことが分かった。
記載がない数字は17、21、23の3つで、認識票の「二三」はこのいずれかに該当する可能性が高い。安達さんは、名簿の並び順や類似部隊の編成を参考に、「二三」が補給中隊であると推定した。
埼玉県志木市出身の兵士と戦死の事実
この推定に基づき、名簿を照合すると、個人番号「九九」は埼玉県志木町(現・志木市)が本籍の男性であることが判明。名簿には本人と妻の名前が記され、1944年7月18日にサイパンで戦死した事実が赤字で加えられていた。
実際に志木市を訪ねた調査では、東武志木駅から北へ徒歩10分ほどの地域を探索したが、親戚や兵士の痕跡を示すものは見つからなかった。近くの創業100年の薬局の女性(83)も「男性や妻の名前は聞いたことがない」と語り、手がかりは得られなかった。
謎は深まるも、家族への思いは続く
南洋の激戦地に残された認識票の持ち主は誰なのか、その謎は依然として深まっている。安達さんは「残念ながら個人の特定はできなかったが、認識票が家族の元に戻れるよう願っている」と語り、調査の継続と家族への思いを強調した。
この発見は、戦争の記憶を現代に伝える貴重な事例として、歴史研究と地域の関心を集めている。認識票がたどるべき道のりは、まだ終わっていない。



