雑巾に込められた家族の記憶と継承 義母の遺した輝き
雑巾に込められた家族の記憶 義母の遺した輝き

雑巾縫いに刻まれた家族の物語

学生時代、春、夏、冬の長期休みになると、私は必ず2枚の雑巾を手縫いし、始業式の日に学校へ持っていった。妹の分と、幼稚園で働く母の分も合わせると、合計6枚の雑巾作りが私の定例の仕事だった。折り重ねたタオルに放射線を描く運針は、疲れがたまるとゆがんだり目が粗くなり、根気が尽きかけたときには針が指に刺さることもあった。慌てて指を口にくわえ、痛みをこらえながら縫い続けた日々が、今も鮮明に思い出される。

息子の成長と雑巾縫いの継続

やがて私も母親となり、息子が通学するようになっても雑巾縫いは続いた。これまで一体何枚縫ったのだろうか? 息子が巣立って雑巾を縫わなくなった最近、雑貨店で売られている雑巾を見つけた。もっと早く店舗に並べてくれていたら、こんなに苦労しなかったのに、とつい泣き言が口をついて出た。しかし、その思いはすぐに覆されることになる。

義母の遺した輝き

空き家になった夫の実家を片付けている最中、台所の流しの引き出しから大量の雑巾が発見された。晩年の義母は、パーキンソン病に加えてレビー小体型認知症を発症し、徐々に衰えていく身体を食い止めようと、必死に雑巾縫いを続けていたようだ。自分が縫った雑巾がいつかどこかで役立つと信じ、一針一針と進める彼女の姿が脳裏に浮かび、私は完敗を認めざるを得なかった。

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義母が残した雑巾は、どんな宝石よりも輝いて見え、今では私の家の炊事場や洗車時、床の拭き掃除に大いに役立っている。この小さな手仕事を通じて、家族の絆と人生の深みが静かに伝わってくる。片山ふみ(68)が綴るこのエッセーは、日常の些細な行為が持つ大きな意味を私たちに問いかける。

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