惣十郎が母の料理帖に隠された下書きの秘密に気付く、弓浜への新たな手掛かり
惣十郎、母の料理帖の下書きに隠された秘密に気付く

母の料理帖に残された下書きの絵から新たな手掛かりを得る惣十郎

「これを母上が」――信じがたい思いで、惣十郎はお雅に問いかけた。その言葉には、驚きと深い感慨が込められていた。

「ええ。お母様は以前から料理のことを帳面に記録なさって、私にもコツを教えてくださいました。時折思い立たれると、このように」と、お雅は愛おしそうに多津が描いた絵を見つめた。多津は服部家に嫁いだ頃から料理帖をつけ始め、足が弱って寝ていることが多くなって間もなく、それを大切にお雅に託していたのである。

完成図とは異なる、滲んだ線と不明瞭な絵

しかし、この日に描かれたという図は、料理帖を埋め尽くす精巧な絵とは大きく異なっていた。線が乱れ、墨がひどく滲んでいて、何を描いたのか判別できないものも幾つかあった。

「お母様の料理帖には、青菜の切り方から盛り付けの方法まで細かく書かれています。お母様と十分にお話しできない時でも、あの帳面を開くと、まるでお母様から様々なことを教えていただいているような気持ちになるのです」と、お雅は語った。

その言葉を、惣十郎はありがたく受け止めた。「俺は料理のことはからきしだが、お祖母様が教えた料理を、嫁いできたばかりの母上が書き留めていたんだろう」

「そうしたお料理もございますが、半分ほどは、お母様ご自身でお考えになったものかと存じます。お姑様から教わった料理も、お母様の工夫を加えて記されているようです。帳面のあちこちに下書きのような絵が残っていますから」と、お雅が答える。

下書きの存在に閃く、重要な手掛かり

そうか、と頷いた刹那、惣十郎ははっと首を伸ばした。「下書き……そうか、下書きか」

ひとつの図を仕上げるまでには、幾枚もの下書きが必要だ。源次郎に渡った図面が完成図だとすれば、そこに至るまで試行錯誤を重ねて描きためたものが存在するはずではないか。お粂の店にあったという図面が紛失していたとしても、考案の段階で描かれた下書きは、ともに製作にあたっていた弓浜や弓浜の父が持っていても不思議はない。

「あー、俺は馬鹿だな。先だって弓浜に会った時に、なぜ気付かなかったのだ」と、惣十郎は独りうめき、うなじを叩いた。あの時は、「リュクトポムプ」という聞いたこともない言葉に動揺したきりで、そこまで頭が回らなかったのだ。

惣十郎は勢いよく立ち上がり、「ちょいと出てくる。イサキが膳に上がる頃までには戻るからよ」と、性急にお雅に告げて玄関へと向かった。母の料理帖に残された下書きの絵が、新たな調査の鍵を握っていると確信したのである。