大日本帝国憲法の成立過程を井上毅の生涯で描く長編小説
川越宗一氏による最新長編小説「絢爛の法」が、2026年3月に新潮社から発売された。この作品は、1889年(明治22年)に発布された大日本帝国憲法の起草に関わった井上毅(1844~95年)を主人公に、憲法成立の複雑な過程を丹念に描き出している。
憲法の真の役割を問い直す物語
大日本帝国憲法は、戦争へと向かう時代の呪われねばならない存在だったのか、それとも政府が国民を支配するための単なる道具だったのか。この問いが作品の核心をなしている。川越氏は執筆前にはネガティブな印象を抱いていたが、調査を進めるうちに、どちらでもない複雑な実像が見えてきたという。「今作の裏の主人公は憲法と議会です」と語り、制度そのもののダイナミズムに焦点を当てている。
井上毅の苦闘と明治の元勲たち
井上毅は熊本の下級武士の家に生まれ、法務官僚として頭角を現していった。猛烈に働く一方で、肺病を患い、世渡りが上手ではなかった性格が描かれる。彼の意見書は面倒くさい原則論が多く、受け取る側には耳が痛い内容だったとされる。直言を厭わない姿勢から、時に腐儒と面罵されながらも、周囲の信頼を徐々に獲得していく過程が丁寧に綴られる。
井上が仕えたのは、大久保利通や伊藤博文といった明治の元勲たちである。維新の修羅場をくぐり抜けたこれらの男たちは、それぞれに国家の理想を追い求めており、国家の意思決定のレベルで青臭いことが起きる独特の情熱が、この時代ならではのものとして描かれる。法の美しさを求める井上の熱意と、新しい国を作ろうとする人々の思いが、爽やかに立ち上がっていく様子が印象的だ。
川越宗一氏の作家としての軌跡
川越宗一氏は、デビュー2作目の「熱源」で2020年に直木賞を受賞し、2023年にはキリシタン弾圧をめぐる長編「パシヨン」で中央公論文芸賞に輝くなど、作家になって数年で時代・歴史小説界の旗手となった。しかし、47歳になった今、「手応えがあったのはデビュー作ぐらい。あとは至らなさ、できない悔しさばかりで……」と語り、国家や宗教といった大きなテーマに挑み続ける姿勢を崩さない。
「思いがけない場面やセリフが出てくる瞬間は、全力で向き合っていかなければたどり着けない。挑戦して、格闘して、ちょっとずつうまくなっている……そう信じたい」と川越氏は述べ、創作への真摯な態度を示している。作品は新潮社から3630円で発売中である。
