消えた図面の行方を追う惣十郎
「お粂の描いた図面は、ここにはもう残っていないのか」と、惣十郎は話題の方向を変えた。相手は「品が完成すると、一緒に返しますので」と応じるが、惣十郎の関心は別のところにあった。
職人・源次郎の驚くべき記憶力
「お前さんは覚えがいいと言ったな。お粂の図面を描き起こせるか」と、惣十郎は五年も前のことを尋ねた。半ば諦めの気持ちもあったが、源次郎は細い目をさらに細めて考え込んだ後、「大まかになってしまうとは思いますが、描けますね」と意外な返答をした。
自分で質問しておきながら信じられないという表情を浮かべる惣十郎に、源次郎は肩をすくめながら説明を続けた。「あっしの覚えがいいこともそうですけどね、旦那。職人というのは、自分が一度造ったものの寸法や形は、簡単には忘れないものです。刀などは、同じ形でもう一振り造ってくれという依頼もありますし。特に、お粂さんの図面は他では見ない形でしたので、忘れようにも忘れられません」。
五十枚近くあった図面の行方
図面は少なくとも五十枚近くあったという。すべて造ったのかと驚く惣十郎に、源次郎は「相談を受けただけのものもありますよ。あまりに厄介な形をしたものは、造れないと断ったりもしましたから」と、あっさりと答えた。
「では暇を見つけて、お粂の図面を起こしておいてくれないか」と頼み、惣十郎は鍛冶町を後にした。奉行所ではなく八丁堀の屋敷に戻ったのは、あちこちから聞いた一件の経緯を整理するためだ。騒がしい詰所よりも、静かな屋敷の方がじっくりと考えを巡らせるのに都合が良かったからである。
再現図面の信憑性に疑問
奥に声もかけずに自室に入り、文机の前に座った惣十郎は、あることに気がついた。源次郎がどれほどはっきりとお粂の図面を覚えていたとしても、描き起こした図面がお粂の引いたものと同じだと証明する手段はないということだ。
描かれた時期も異なれば、筆を執った人物も違う。源次郎の創作だと突っぱねられれば、それまでである。お粂の店にあったはずの図面が残っていれば、源次郎の描いたものと照らし合わせて、当時造っていた品の全容を明らかにできるかもしれないが――。
「なんで、お粂の図面がなくなってしまったんだ」と、惣十郎は頭を抱えた。職人の確かな記憶が、事件解決の鍵となるのか。それとも、図面消失の謎がさらに深まるのか。惣十郎の推理は新たな局面を迎えようとしている。
