スモーキングルーム第159回:将校と影のような総支配人Jの不気味な邂逅
グラスの中の氷が軋む音が静かな室内に響き、琥珀色の液体が微かに揺らめいた。将校はかつてこのホテルにいた前の総支配人を思い出していた。その男はJと呼ばれていたが、将校はしばらくそのことに気づかなかった。あまりにもJが影のような存在だったからである。
完璧すぎるサービスと感情のない視線
例えば、食事中にうっかりフォークを落とそうものなら、顔を上げた時には既に新しいフォークがテーブルクロスの上に整然と並んでいる。少し身動きをすれば、いつの間にか背後に立ち、用件を尋ねてくるか、立ち上がりやすくするために椅子を引いてくれる。ポケットの財布に手を伸ばすと、勘定書は既に銀の皿に載せられてテーブルに置かれている。一般の客なら妖精の仕業かと思うほど行き届いたサービスだったが、残念ながら将校はそんな夢見がちな人間ではなかった。
将校がJの存在を明確に認識したのは、彼がかけている銀縁の丸眼鏡が、かつての部隊の長官のものと酷似していたからだった。気がつくと、その丸眼鏡は常に将校を見つめていた。将校の一挙手一投足は全てJの丸眼鏡の中に収まっている。しかし、そこからは何の感情も伝わってこない。他のホテルマンのように露骨な追従がないことが、かえって不気味に感じられた。
突然の声かけと緊張の高まり
「お待たせ致しました」
不意に声をかけられ、将校は咄嗟に腰ベルトの拳銃に手をやった。
「おおっと、驚かせてしまい申し訳ありません」と、総支配人は悠々と両手を上げながら言った。にこやかな表情だが、背が高く恰幅が良いため、熊が立っているような威圧感があった。
「驚いてなどいない」と将校は脚を組み直した。グラスの中の氷は溶け、液体の色は薄まっていた。いつの間にか、将校は眠りに落ちていたようだ。バーカウンターにいた初老の男は姿を消し、スモーキングルームには将校だけが残されていた。眠りの中で人々のざわめきを感じたような気がしたが、それは暖炉で燃える薪の音だったのかもしれない。
核心を突く質問
将校は総支配人Jをじっと見つめ、静かな口調で問いかけた。
「話は聞いているだろう。なぜ旗を掲げない」
この一言が、影のように静かな男と将校との間に、新たな緊張感を張り詰めさせた。完璧なサービスを提供するが感情を表さない総支配人と、鋭い観察眼を持つ将校との対峙は、このスモーキングルームでさらに深まる謎を暗示している。



