かつて通信品質で絶大な評価を得ていたNTTドコモと、2006年の参入当初は通信品質が悪いとの声が多かったソフトバンク。現在両社の通信品質に対する評価は全くといっていほど逆の状況となっていますが、ソフトバンク参入から20年でその評価を分けた要素は何だったのでしょうか。
ソフトバンクの積極的な技術導入が評価を逆転させた
ここ数年来、通信品質に対する関心が急速に高まっていますが、そのきっかけとなったのはコロナ禍明けの2023年に、NTTドコモの通信品質が大都市部で著しく低下し、同社に批判の声が多数挙がったことではないでしょうか。これを機としてNTTドコモの通信品質に対する評価が大きく低下した一方、評価を上げたのがKDDIとソフトバンクです。
とりわけソフトバンクは、英ボーダフォンの国内携帯電話事業を買収し、およそ20年前の2006年10月に前身の1つであるソフトバンクモバイルへと商号を変更してこの市場へ参入していますが、参入当初はエリアの狭さや通信品質の低さが多く指摘され、評判は決して良いとは言えませんでした。それが20年を経て、当時通信品質で絶大な評価を得ていたNTTドコモと評価が大きく逆転したのはなぜなのでしょう。
そもそも2006年当時、ソフトバンクの通信品質が低い理由は大きく2つありました。1つはボーダフォンが世界展開による投資効率を重視したことで、日本固有の対応がおろそかになり当時の最新通信規格「3G」の整備が競合より遅れたこと。そしてもう1つは保有する周波数帯の免許が少なく、広いエリアをカバーしやすい1GHz以下の「プラチナバンド」を持っていなかったことです。
そこでソフトバンクは、これら課題を解決するべく2010年に「電波改善宣言」を打ち出し、基地局数を1年で倍増。さらに2012年には念願のプラチナバンドである900MHz帯の免許を獲得したほか、経営破綻したPHS事業者のウィルコム、そして資金繰りに窮していたとされる競合のイー・アクセスを相次いで買収。それら企業が保有する周波数帯免許や基地局の設置場所も獲得し、弱点を減らしネットワーク改善を進めていきました。
ですがそれだけでは、競合のNTTドコモやKDDIに追いつくに過ぎないことから、同社では新しい技術の開拓や導入を積極化。大容量通信に応える5Gの主要技術「Massive MIMO」の導入も4Gの時代から進めてきましたが、とりわけNTTドコモが通信品質を落としたコロナ禍明けに差がつく要因の1つとなったのが、アプリを活用したネットワーク整備です。
ソフトバンクは国内で初めて米アップルの「iPhone」を販売するなど、競合よりスマートフォンの導入に積極的でした。そのことを生かして2012年には、子会社が提供するスマートフォンアプリの通信ログを収集・分析して接続率を調査。通信品質をいち早く捉え、ネットワーク整備に生かす仕組みを導入したのです。
この仕組みは当時、個人が利用するアプリのデータを利用することを不安視する向きが少なからずあり、それを意識してかNTTドコモはこの動きに追随しなかったと筆者は記憶しています。ですがソフトバンクでは、個人を特定できないようデータを加工することなどによって周囲の理解を獲得、活用を継続していきました。
なぜこの施策がコロナ禍明けの通信品質改善を大きく分けたのかといいますと、それは基地局に接続できない端末の品質を測ることができたからです。携帯電話会社は通常、基地局に接続したユーザーのデータを取得して通信品質を評価しているため、大幅な混雑が生じでスポット的に基地局への接続ができないユーザーの情報を捉えることはできません。
そのことが、NTTドコモが急に生じた通信品質低下を察知できなかった主な要因とされています。ですがスマートフォンアプリから情報を取得していれば、基地局に接続しているか否かに関わらず、通信をできているのかどうかを確認できるため、スポット的な通信品質の低下を素早く察知し、対処を図ることができた訳です。
こうした取り組みを主導してきたのは、現在のソフトバンクグループ代表取締役会長兼社長執行役員である孫正義氏で、当時その手法に強引さや議論を呼ぶものが少なからずあったことは、断っておく必要があるでしょう。ただ強力なリーダーシップによる積極的な投資と新技術の開拓・採用が、同社のインフラを大きく変えたことも、また確かだといえます。
NTTドコモの慎重姿勢とグループ再編が影響
一方、NTTドコモのこれまでの経緯を振り返るに、2023年の通信品質低下を引き起こした要因は大きく2つあると筆者は見ています。1つは新しい技術や施策を取り入れることに、非常に慎重だということです。
先のアプリを活用した通信品質改善の導入が大きく遅れたこともそのことを象徴していますが、それ以前から筆者は、NTTドコモが“つなぎ”の技術の活用に消極的なことが気になっていました。
4G、5Gといった携帯電話の通信規格は、一気に新しい世代へ移行すると大きなコスト負担がかかるため、既存の技術を応用して移行をスムーズにする“つなぎ”の技術が導入されることが少なからずあります。ですが、つなぎの技術を積極活用してきた競合と比べ、NTTドコモはそうした技術の採用を嫌い、新しい方式へと一気に移行を進める傾向が強くありました。
5Gのネットワーク整備においても、NTTドコモは当初から「瞬速5G」と銘打ち、3.7GHz帯や4.5GHz帯など5G向けの高い周波数帯でのエリア整備に力を入れる一方、プラチナバンドなど既存の4G向けの周波数帯を5Gに転用して広くエリアをカバーすることには消極的で、整備しても大容量通信に対応できないことから「なんちゃって5G」と批判していたこともあります。
そこには同社のユーザー数が多く4Gが混雑しているため、2026年3月末に3Gが終了して800MHz帯の一部が空くまで、周波数帯の転用が難しかったという事情もあったかと思われます。ですが結果的には、4G周波数帯の転用に力を入れたKDDIやソフトバンクの方が、エリアに隙が生じず快適な通信を提供できた一方、NTTドコモは5Gエリアの端で通信しづらくなるなど、通信品質で評価を下げる一因となったことも、また確かです。
そしてもう1つは、NTTによる完全子会社化による体制変更です。NTTドコモは2020年にNTTの完全子会社となり、経営面である程度自立していた従来と比べ、NTTの影響力が強く出るようになりました。
実際、NTTの子会社となった2020年6月には、NTT出身の井伊基之氏が代表取締役社長へ就任。その影響が強く出ていたのがコスト削減で、井伊氏の体制下ではオンライン専用プラン「ahamo」の提供が注目された一方で、ドコモショップの削減、利益が小さい低価格のサービスにMVNOを活用する「エコノミーMVNO」、そしてインフラシェアリング事業者であるJTOWERへの通信鉄塔売却などが進められています。
ただコスト削減重視の姿勢が現場レベルで見れば競争力の低下、そしてインフラ整備にも影響したとの見方が少なからずあります。それだけに、現在の代表取締役社長である前田義晃氏の体制に変わった2024年以降、顧客基盤維持拡大のため積極投資へと方針を大きく変える必要に迫られ、経営が悪化したことも確かです。
20年の時を経て評価が大きく変化した両社ですが、それだけに今後迎える20年間のうちに、評価が大きく変わることも十分あり得るでしょう。ただ今後はスマートフォンのように通信の利用をけん引し業績を伸ばす起爆剤がなく、それでいてトラフィックだけが増え続けるという非常に難しい時代を迎えることとなるだけに、両社にはこれまで以上に難しいかじ取りが求められることになるかもしれません。