Microsoft 50周年の夕食会で明かされた、IBM打診にゲイツ氏が困惑、日本人が決断促す~西和彦氏
IBM打診にゲイツ氏困惑、日本人が決断促す~西和彦氏

パソコン用基本ソフト(OS)で国内シェア9割を誇るWindows。開発した米マイクロソフトを巨大IT企業に押し上げた同OSだが、その誕生には1人の日本人の活躍があった。

50周年の夕食会で明かされた逸話

2025年4月、米シアトル近郊でマイクロソフト設立50周年を記念した夕食会が開かれた。約50人の歴代トップや功労者が集まる中、1番テーブルに座ったのがアスキー創業者の西和彦氏だ。同社がOSを開発するきっかけを作ったのが、ほかならぬ西氏だったからだ。

1980年の決断

今から46年前の1980年、マイクロソフト本社の社長室で、ビル・ゲイツ氏、共同創業者のポール・アレン氏、スティーブ・バルマー氏、そして西氏の4人が向かい合っていた。当時、大型コンピューターで世界を牛耳っていたIBMは、パソコン開発を進めており、マイクロソフトにOS提供を打診してきた。しかし、マイクロソフトには自社のOSがなく、しかもIBMは3か月での開発を求めた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

アレン氏は「そんなに短期間で開発するのは難しい」と難色を示し、ゲイツ氏は「一体、どうすればいいのか」と頭を抱えた。議論が停滞しかけた時、西氏が叫んだ。「これはやらなければならない。絶対にやるべきだ」

この一言が、現在のWindowsの礎となった。西氏の決断がなければ、マイクロソフトの隆盛はなかったかもしれない。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ