読売新聞、朝日新聞、NHKなど日本の多くのメディアは、情報発信者の「真正性」を証明する「OP」(オリジネーター・プロファイル)がインターネットで標準化されることを期待している。(ニーマンラボ アンドルー・デック)
能登地震を契機に連合結成
2024年1月1日、能登半島でマグニチュード7.6の地震が発生した。その後、AI生成の画像が広く拡散され、偽の慈善ウェブサイトが人々から寄付金をだまし取った。がれきの下に人が閉じ込められているという偽情報で、救助の手が最も必要とされた所に届かなくなった。この地震が「人為的なもの」、例えば北朝鮮による攻撃などという根拠のない陰謀論がSNSでトレンドとなった。
日本では以前から自然災害がデマの温床となってきた。7月に熊本県を襲った大地震の際も、虚偽情報がネット上で広まった。しかし、2024年の能登地震は、偽情報と戦うためにより優れたツールを探していた日本の報道機関、広告主、テクノロジー企業らが連合を組み、行動を起こすきっかけとなった。
OPの仕組みと目的
OPは、暗号化されたデジタル署名技術を使って、改ざん防止機能を備えたウェブサイトの「真正性情報」を作成する。そこには、コンテンツの発信者、その発信者が第三者機関によって存在確認が行われているかどうか、発信者の編集基準や倫理基準に関する情報が記載されている。具体的なユーザー向けのインターフェースはまだ確定していないが、7月にリリースされたOPを表示するためのブラウザ拡張機能を使えば、画面上にこれらの情報が表示される。
OPは、ウェブサイト上のすべてのコンテンツが真実であるかどうかを判断することを目的としていない。また、特定の写真や動画の真偽を認証するものでもない。その代わりに、サイトそのものを保証する仕組みで、例えば、ニュース記事そのものが、報道機関から実際に発信されたものであることを確認するといった具合だ。
「OPはその情報が正確かどうかを確定する仕組みではありません。重要なのは情報の出所、つまり『この情報はどこから来たのか』ということです」。OPのウェブ標準化を推進する「オリジネーター・プロファイル技術研究組合(OP-CIP)」の事務局次長である吉池亮氏はそう語る。
AIが作成する粗悪なコンテンツ、ディープフェイク詐欺、悪意ある「LLMポイズニング(学習データ汚染)」などのキャンペーンがあふれかえっている情報エコシステムにおいて、OPは新たな出所追跡ツールを構築しようとする初めての試みというわけではない。GoogleのSynthIDのような透かしツールや、C2PA規格のような暗号的に署名されたメタデータは、同様の問題への対処を目的としているが、これまでのところ、それらは主にAI生成の画像や音声の台頭への対応に焦点を当ててきた。
「OPはHTML内で機能し、ウェブページそのものに焦点を当てています」と吉池氏は語る。「ホワイトリストのように良質メディアと悪質メディアを区別するようなことは望ましいことではありません。発信された情報が、存在が確認された発信者から実際に発信されたものであることを示したいだけなのです」
電通が構想、メディアや自治体が参加
OPの構想は2021年にさかのぼり、日本最大の広告会社である電通でのプロジェクトから生まれた。商用AI画像生成ツールが登場する以前から、この広告大手は悪質なデジタル広告や、それらを利用して利益を得る詐欺師たちに頭を悩ませてきた。電通は、広告がプログラマティック広告のエコシステムを通過する際に、広告主の情報を認証する方法を模索し始めた。
OPの技術仕様を策定するため、電通は、日本のインターネットの「生みの親」とも称される慶応義塾大学の村井純教授と連携した。村井教授は、日本語文字を電子メールやインターネットメッセージで送受信可能にするウェブ標準を策定したほか、数々の革新的な成果を上げてきた人物だ。
次に、電通はメディアも巻き込んだ。日本最大の日刊紙である読売新聞は、OP-CIPの創設メンバーの一つだ。ニュース業界の観点からは、情報源として使用される可能性のあるウェブページの存在を保証する必要性が明らかであっただけでなく、生成AIツールによって正規のニュース媒体を偽装することがかつてないほど容易になった現在、自社のブランドを保護する必要も生じていた。
例えばSNS上で、読売新聞などの報道機関をかたる偽サイトを目にすることがあるという。吉池氏は、「記事ページを模倣し、ユーザーを詐欺サイトに誘導する事例が後を絶ちません。そのほとんどは、粗雑な作りですが、残念ながら毎日起きているのです」と語る。
2022年12月、OP-CIPが正式に発足し、約10社の報道機関が参加した。しかし、2024年の能登地震を機に、プロジェクトの範囲は拡大した。日本政府は、危機的状況下で情報を発信する公共的なウェブサイトにおける確認ツールの価値を認識し、OP-CIPへの支出を開始した。これにより、OP-CIPの活動に地方自治体も迎え入れられるようになった。
「災害が発生すると、偽情報が絶え間なく拡散され、自治体や公益事業者のなりすまし行為も後を絶ちません」。慶応義塾大学特任准教授で、OP-CIPの事務局長を務めるクロサカ・タツヤ氏はそう語る。「だからこそ、私たちはメディアの文脈だけでなく、より広義の公共情報についてもOPの活用を検討しているのです」
現在、OP-CIPは目覚ましい勢いで連合を築き上げている。参加する企業・団体の中には、日本新聞協会の加盟社も多く含まれている。放送分野では、NHKを含む主要テレビ局も参加している。テクノロジー分野からの参加企業には、日本で最も人気のあるニュース・アグリゲーターを運営し、国内人口の80%以上が利用するメッセージング・アプリ「LINE」を手掛けるLINEヤフー社が含まれる。
これらの参加企業はOPへの支持を公に表明しているものの、現時点でこの技術を自社の業務に完全に組み込んでいるのはごく一部にとどまっている。発行部数で最大手の読売新聞と、大手紙の朝日新聞は、OPを自社のコンテンツ管理システムに統合しているという。また、自治体では西日本の鳥取県も、県庁のウェブサイトでOPの運用を開始した。電通は現在、自社の広告購入業務にこの技術の導入検討を進めており、これにより、急増している広告詐欺やAIを利用した詐欺広告に対抗できることを期待している。
吉池氏によると、OP-CIPは2027年初頭までに、50の主要組織がOPを導入して運用を開始することを目指しているという。
日本発の世界標準、SNS導入が課題
実際のところ、OP-CIPは日本を「実験場」と位置付けている。今後数年のうちに、海外の報道機関やグローバルなテクノロジー企業の参加を得て、この技術を海外に展開し、国際的なウェブ標準技術にしたいと考えているからだ。HTMLやCSSといった既存の世界的なインターネット標準を管轄するWorld Wide Web Consortium(W3C)は、この可能性を探るため、独自のワーキンググループの設立を目指している。
「W3Cコミュニティーにその仕組みを示すため、日本社会での導入を全速力で進めている」と吉池氏は述べた。
先月、OP-CIPは、ウェブサイト上の暗号署名付きプロファイルを取得・可視化する初の公開ツールをリリースした。「OP Inspector」と呼ばれるこのブラウザー拡張機能は、ブラウザーのChromeおよびFirefoxで利用可能だ。例えば、ユーザーが読売新聞の記事ページにアクセスすると、この拡張機能によってサイドバーが表示され、そのウェブページを運営している組織が読売新聞であることを証明する表示や、編集基準方針およびプライバシーポリシーへのリンクが表示される。
現時点では、この拡張機能はOP標準に取り組む開発者向けに限定しているが、将来的には一般のインターネットユーザー向けの拡張機能を最適化してリリースする計画があるという。ただ、最終的にOP-CIPは、こうした拡張機能やアプリそのものを必要としない状態を目指している。現在の構想の一つとして、もしOPの技術標準がW3Cに採用されれば、すべてのブラウザーのURLバー内に特定のマークが表示され、ユーザーがそれをクリックするだけで、拡張機能をダウンロードすることなくOPにアクセスできるようになるという。
「私の母は88歳。そんな母でも使えるほどシンプルな技術としてOPを設計している」とクロサカ氏は語った。「特別なスキルは一切必要としないことが望ましいのです」
このプロジェクトは、開発の次の段階に進むにあたり、明らかなハードルに直面している。その一つが、インターネット上の偽情報の主要な伝播経路であるSNSプラットフォームでの採用だ。現在、OPはFacebookで共有される記事リンクのような個々のSNS投稿上には表示されることはない。ユーザーがその記事のウェブページにアクセスした場合にのみ利用可能であり、SNSによって助長される偽情報拡散に対する影響力は限定的だ。
「非常に大きな未解決の問題」と吉池氏は語る。「技術面では、現在のSNSメディアには対応できていません。OPはあくまでもHTML内で機能するため、SNSのアプリケーション自体では使用されていないからです」
OPのポテンシャルをフルに引き出すためには、W3C内で絶大な影響力を持つGoogleやAppleといった巨大IT企業の支持を得ることも必要となる。AI ModeなどといったAIを活用した製品を通じて、検索エンジンがユーザーにとってニュースの直接的な情報源となりつつある中、これらの企業の参加はますます不可欠になっている。「OPの普及に向けた最後のハードルは大手IT企業になるでしょう」と吉池氏は語った。「それを乗り越えることが容易ではないことは十分覚悟しています」
※アメリカのハーバード大にあるジャーナリズム研究所「ニーマン・ラボ」のリポートを読売新聞で訳したものを掲載しています。



