インドネシアでスクーター改造を手がけるヘレット・フラスティオさん(47)は、1957年製のベスパVLを走らせると、白い塗装ははがれているものの、特有のエンジン音は聞こえず、マフラーから白い煙も出ない。イタリアを代表するスクーター、ベスパへの愛が高じて、年代物のベスパを環境に優しい電動スクーターへと改造している。自身が最高経営責任者(CEO)を務める会社「エルダーズ」には、改造済みのベスパがほかにも何台もある。
インドネシアのベスパ事情と政府目標
インドネシアには燃費の悪い旧式の車やスクーターが多く走っている。同国のベスパ・クラブによると、2022年時点で国内には約100万台のベスパが存在するという。「ベスパのデザインは独特で、歴史もあり、ノスタルジックな価値もある。単なる乗り物ではなく、ファッションでもある」とフラスティオさんは語る。インドネシア運輸省のデータによれば、国内の電動バイクは現在約16万台。政府は2030年までにこの数を1300万台に増やす目標を掲げている。
エルダーズの実績と改造ベスパの性能
エルダーズは電動バイクの普及に貢献している。フラスティオさんによると、2021年の設立以来、国内で約1000台のベスパを電動に改造・販売してきた。改造後の電動ベスパの航続距離は、フル充電で60~120キロ。アップグレードされたバッテリーを使えば最大200キロまで走行可能だ。「この電動ベスパは、バイクの排気ガス削減を目指す国々にとって、一つの解決策になり得る」とフラスティオさんは話す。
騒音や大気汚染を気にせずおしゃれに
フラスティオさんは自身の事業に誇りを持っているが、ネックはビンテージ車体への初期投資がかさむことだ。高額な車体価格に加え、改造費が上乗せされる。欧州ではすでに電動ベスパが数種類販売されており、インドネシアにも輸入されている。新品の「ベスパ・エレットリカ」は1万1750ドル(約190万円)で取引されている。それでも、レトロなベスパに乗りたい人のために、1500~3900ドル(約24万~63万円)でビンテージのスクーターを電動化できる改造キットもあるとフラスティオさんは言う。
こうした改造は、騒音や大気汚染を気にせず、おしゃれなスクーターに乗りたいという人たちに人気の選択肢となっている。その一人であるヘンドラ・イスワヒュディさん(56)は、学生時代に旧式のベスパを動かすのに苦労した思い出を振り返る。「当時はイグニッションを入れてから、エンジンが温まるまでの間にシャワーを浴びられたほどだ」と笑う。排ガスも騒音も出ない1960年代製のベスパで渋滞の中を走っていると、ベスパ好きが集まってきて「お前のスクーター、めちゃくちゃクールだな」と声をかけられるという。ヘンドラさんは「乗っていると心地いいし、きれいな空気に貢献できていると実感できる」と続けた。
レトロなベスパ愛好家のクラブも
もちろん、オリジナルのベスパが持つレトロな雰囲気を愛し、環境への配慮よりも昔ながらのエンジン音を選ぶ人たちもいる。「ベスパのエンジン音は独特で、遠くからでも聞き分けられる」と語るのは、ビンテージのベスパ愛好家のムハンマド・フスニ・ブディマンさん(39)。「クラシックで、ノスタルジックだ」と話すブディマンさんは、2021年にジャカルタを拠点とした1960年代製ベスパの愛好家クラブを立ち上げた。現在、そのクラブのメンバーは数百人にのぼるという。電動ベスパを試乗したこともあると言うが、クラブはあくまでオリジナルモデルを愛する人たちのためのものだ。
フラスティオさんも、ブディマンさんのように電動化に抵抗感を示す愛好家がいることを理解している。また、ブディマンさんのような人々が愛してやまない、従来のベスパの魅力を否定するつもりはないと話す。「私たちは、大気汚染について誰かに説教するつもりはない。マニュアルのバイクに慣れていない人たちに、電動バイクという選択肢もあると提案しているだけだ」と語った。



