AIの提案を疑う人材を育てるための絶対条件とは? Figma CDOが語る
AIの提案を疑う人材を育てる絶対条件 Figma CDO

AIエージェントに一言指示を飛ばせば、プログラムが組み上がり、操作画面が生成され、さらにはアニメーションが数秒で完成する。かつてデザイナーやエンジニアが何日もかけて作り上げた作業が、一瞬で量産される時代が到来した。一方、作業が高速化すればするほど、人間の役割と責任も重くなる。「山のように提示された選択肢から、どれが真に優れた選択なのか」を見極める目利きが求められるからだ。

AIが実務を引き受けることによって、人間が実際に手を動かす機会が減るほど、その目利きのよりどころとなる経験を積むチャンスは奪われていく。AIの提案を疑わず、無批判に受け入れてしまう新たな問題が生まれてきた。「AIの提案」を盲信せず、疑う人材を育てるために、おさえるべきポイントは何か。

「AIは過去しか見ない」―人間がAIと協働する3つの領域

「AIは過去しか見ない。世界を明日へ押し進めるのは人間だ」。こう語るのは、デザインツール大手のFigmaのロレダナ・クリサンCDO(チーフデザインオフィサー)。AI時代におけるクリエイティブディレクターの役割と、プロダクトに魂を込め続けるための思考法を聞いた。

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AIとの協働には、大きく分けて3つのグラデーションがある。1つ目は「AIにすべてを任せる領域」。例えばコーディングの作業がこれにあたる。人間にとって大切なのはコードそのものではなく、画面上でどう機能するかという体験。そのため、コードの記述や単純な最適化をAIエージェントに任せることには、誰も抵抗を感じない。

2つ目は、その対極にある「人間だけで楽しむ領域」。「自分の手で描くのが楽しい」「自分の思い通りに表現したい」という創作プロセスは、苦役ではなく喜びそのもの。人間が創造することを楽しむ生き物である以上、この領域は絶対にAIに奪われないし、ツールとしても存在し続ける。

3つ目が、その中間に位置する「人間がディレクションし、AIが生成する領域」。人間がクリエイティブディレクターとなり、アイデアを基にAIへ編集可能な案を大量に作らせる関わり方だ。

中間領域の活用と「トンネルビジョン」の危険

ただし、ここで忘れてはならない決定的な違いがある。AIはどこまで行っても過去のデータを振り返って補完することしかできない。一方で、世界を明日へと押し進められるのは人間の意思と創造性だけ。だからこそ、私たちはAIに流されず、思考力や直感を磨き続ける必要がある。

中間に位置する「人間がディレクションし、AIが生成する領域」について。AIに何かを頼むと多くの選択肢を提示してくれるが、それらのうちどれが良いかは、人間が目利きしなければならない。この中間領域をどのように活用していけばよいのか。その役割は、今後非常に重要になっていくと思う。まず、何が良いかを見極める目を持つ必要がある。その上で、AIが出した案のどの部分を採用し、自分にしかできない部分でどう補強するかを判断する必要がある。

例えば3つの要素があるとして「これをこういう風にアニメーションさせてほしい」とAIに指示を出したとする。プロンプトを出した瞬間、実は人はすでに自分の頭の中にある「まさにこうしたい」という理想の形を思い描いている。デザインツールのFigmaでは、AIが提案した選択肢が思っていたものと違った場合、何度もプロンプトを打ち直すのではなく、フェーダー(数値を微調整するスライダー)を動かすだけで、思い通りに調整できるようにした。つまり重要なのは、そうした試行錯誤の間も、自分の思考の流れを途切れさせないことなのである。

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「悪いアイデア」を量産せよ―チームの創造性を維持する方法

AIの提案を無批判に受け入れてしまう状態「トンネルビジョン(視野狭窄)」について。チームが高いレベルの創造性を維持し、AIの提案を盲信しないためには、どうすればよいのか。それはまさに、私たちがツールをどう構築するかという点に立ち戻る。私たち自身もそうした状況を目の当たりにしており、反省している。

デザインリサーチの観点から見ても、創造性への最大のインプットの一つは「探索」(エクスプロレーション)です。自社イベントである「Config 2026」のステージで、Figmaプロダクトマネージャーのニコ・クライン氏が語っていたように「良いアイデアにたどり着くためには、悪いアイデアをすべて出し切る必要がある」のです。現実的には、異なるアプローチを試し続けなければなりません。あるアイデアから、いつ手を引いて別のアイデアを探るべきかを見極める必要がある。デザインにおいては、何かを見て「これも一つの方法だが、ほかにはどんな方法があるだろうか」と考える直感が養われる。それこそが、本当に重要なのです。

「わずか5分で完全なアプリを作りたい」という発想の世界では、そのための余白を作ることができません。だからこそ、複数人が同じ画面に同時にアクセスし、リアルタイムでデザインを閲覧・編集できる「キャンバス」が重要なのです。キャンバスは、そこにただ一つのものしか置かれていない状態では物足りません。キャンバスは多くの選択肢を求め、人々がそこに集うことを求め、そして対話を呼び込むものなのです。

想像力を働かせるには「手を動かした経験」が欠かせない

AIが現実世界へと進出していく中で、人間はクリエイターからプロデューサーへと役割をシフトさせていくのでしょうか。はい。ただし、プロデューサーというより「クリエイティブディレクター」という表現が近いと思う。つまり、自ら「作ること」が減り「想像すること」が増えるということです。しかし、想像力を働かせられるようになるには、実際に手を動かした経験が欠かせません。それは身体に根ざした行動だからです。

常に誰かに指示を出し、自分の代わりに作らせるというのは、実は非常に難しいことです。編集者という役割はもちろん重要ですが、クリエイティブな文章は、他人に指示を出すことからではなく、自ら書くことから生まれます。だからこそ人間はツールの中に閉じこもり、自ら手を動かし続けたいと願うはずです。そうしなければ、その喜び含みは失われてしまいます。

クリエイティブディレクターとして何をすべきか、理解しておく必要があります。1つ目は、チームが素晴らしい仕事を生み出せるような環境を養うことです。優れた人材を採用することは、最も重要な仕事の一つです。そして、彼らが自分らしくいられるようにすることも欠かせません。AIは「その人らしさ」を持ちません。誰に対しても、常に同じ存在だからです。2つ目にすべきことは、インスピレーションを与えることです。これもまた、ある意味で難しい仕事です。自分なりの基準を持つ仕組みを作り、その基準を明確にし、適切なデザインを選び取る。しかし、その多くはチームの人材を育てることに関わっています。単に人間がAIの生成物を査定する立場になるわけではないのです。

クリエイターの仕事は今後も「自分を注ぎ込むこと」

今後3~5年間で、デザイナーやクリエイターの役割はどうなるとお考えでしょうか。引き続き、アプリケーションの中に「自分自身を注ぎ込む」ことだと思います。私はよく、アイスランド出身のミュージシャン、ビョークの話を引き合いに出します。電子音楽が登場した当初、多くの人が「これは音楽ではない、機械がつくったものだ」と言いました。それに対して彼女はこう語ったといいます。「もし音楽に魂がなかったとしても、それをコンピュータのせいにはできない。魂を注ぎ込まなかったのは、人間の方なのだから」と。だからこそ私たちの仕事は、音楽と同じように、クリエイティブなキャンバスに、自分自身を注ぎ込めるようなツールを作ることなのです。